人間が雑食性になった理由
今のわれわれがこのような食生活を送っている理由を理解するには、時代を数百万年さかのぼる必要がある。当時の人類の歯に付いていた微細な傷、骨の安定同位体分析、さらに化石記録から導き出された古人類学のエビデンスから、一つの一貫した図式が浮かび上がる。それは、ヒトの進化の歴史のうち約99%の期間は、狩猟採取生活が、生きるための栄養を支える基盤を形成していたということだ。
一方、農業は比較的最近生まれた要素であり、登場したのは約1万2000年前だ。
それ以前は、われわれの先祖にあたるヒト属の食生活は、その幅広さが特徴だった。当時のヒト属が食べていたものには塊茎(イモ類)や種、果物、昆虫、肉、骨髄などが含まれ、季節や地域、捕獲の機会といった要素によって変化していた。
人類は雑食性がとても高いというのが、研究者の見解だ。確かにヒトは、幅広い種類の植物や動物、キノコ類などを食物として利用してきた。しかも、北極海に近いツンドラから、赤道直下の熱帯雨林まで、大きく異なる環境でも生き抜いている。そして重要なことに、われわれの生理的機能も、こうした環境に合わせて進化してきたとみられる。
化石証拠や、解剖学的特徴の比較から、ホモ・エレクトスにみられる消化管の縮小は、肉の消費量の増加と同時期に起きていることが判明している。さらにその後は、調理された食物を食べる機会が増加している。これは、食生活に起きた非常に大きな変化であり、摂取カロリーの増大や、脳の巨大化の加速に寄与した可能性が高い。
ヒトの場合、安静時の代謝エネルギーのうち約20~25%を脳が消費している。これに対し、哺乳類の大半では、脳のエネルギー消費率はわずか3~4%にすぎない。これほどエネルギーを消費する臓器を支える食事に要求されるのは、質の高さであり、シンプルさではない。
遺伝子に関しても、同様に説得力のあるエビデンスが存在する。2007年に『Nature Genetics』に掲載された著名な研究では、口の中ででんぷんを分解する酵素である唾液アミラーゼ遺伝子(AMY1)の「コピー数多型(CNV:Copy Number Variation:個体差のこと)」を検証した。その結果、歴史的にでんぷん質の多い食事を取ってきた人間集団は、伝統的な食事ででんぷん質が少なかった集団に比べて、AMY1のコピー数を有意に多く持っていることが判明した。また、人類は他の霊長類よりもAMY1のコピー数が大幅に多いことも明らかになった。
AMY1のコピー数の違いは、唾液に含まれるアミラーゼ酵素レベルと直接的な相関関係にある。つまり、コピー数が多ければ、それだけ酵素も多くなり、でんぷんの消化能力も向上する。論文の著者らはこれを、ヒトゲノムにおいてコピー数多型を持つ遺伝子に正の淘汰が働いたことが確認された、最初期の事例の一つであるとした。
この発見の意味について考えてみよう。われわれヒトのゲノムは、多様な食生活をただ受動的に受け入れてきたのではない。さまざまな生態学的ニッチにおいて、その時々に入手可能だった特定の食物に呼応する形で、積極的に進化を遂げてきたのだ。
単一の食物に依存しきった種には、このような淘汰圧が作用する余地など存在しない。進化の観点から言えば、単一の食物に頼る食生活は、進化につながらない袋小路なのだ。


