静かな「活用不足」がもたらす隠れたコスト
バーンアウトのコストは目に見えやすいため、組織はしばしば、その予防に注力する。燃え尽きた従業員は休暇を取り、締め切りに遅れ、やがて退職する。それに対してラストアウトは検知しにくい。従業員は身体的には職場にいながら、精神的には離脱しているかもしれない。
これは「静かな活用不足」と呼べる状態を生む。才能ある働き手が何年も、自分の能力を大きく下回る水準で働く。スキルは萎縮し、イノベーションは低下し、従業員エンゲージメント指標は下がり、キャリアの成長は停滞する。組織は、十分に認識しきれなかった潜在的な能力を失う。その影響は働き手個人にとって、さらに切実になり得る。
多くの従業員は、自らの専門性や意味ある貢献から、アイデンティティ、生きがい、そして自尊心を得ている。成長の機会が失われると、人はしばしば自分の価値、能力、将来の見通しに疑問を抱き始める。
私は、当初は自分が燃え尽きていると思い込み、実際には挑戦に飢えていたプロフェッショナルと関わってきた。彼らに必要だったのは、責任を減らすことではない。意味のある仕事だった。
バーンアウトに関する私の研究から得られた教訓の1つは、回復には「思考を減らし、気づきを増やす」ことがしばしば必要だという点だ。燃え尽きた従業員は、私が「外側のレーン」と呼ぶ状態、すなわち締め切りや不安、将来の要求について絶えず頭の中で考え続ける状態に陥りがちだ。
回復は、「内側のレーン」へ移行し、「いま、ここ」での体験に意識を向け、マインドフルになることだ。ラストアウトは別の課題を突きつける。問題は考えすぎではなく、関与が足りないことにある。
ラストアウトを経験する人は、意味のある要求に圧倒されているのではない。そこから切り離されているのだ。目標は単に心的活動を減らすことではなく、好奇心、学び、目的と再びつながることである。言い換えれば、バーンアウトには「回復」が必要であり、ラストアウトには「再稼働」が必要だ。
最後に
何十年もの間、私たちは働き手が「擦り減る」ことを心配してきた。いまは、働き手が「さびつく」ことも心配しなければならない。最も健全な職場は、要求と成長、努力と回復、挑戦と支援のバランスが取れている。従業員には関与を保つに足る刺激が必要だが、圧倒されるほどであってはならない。
バーンアウトは、エンジンが長期間にわたり熱くなりすぎたときに起きる。ラストアウトは、エンジンがアイドリング状態のまま放置されたときに起きる。どちらも、パフォーマンスやウェルビーイング、キャリア満足度を損なうおそれがある。そしてAI、自動化、職場変革によって特徴づけられる時代にあって、両方のリスクを認識できる組織は、人材を引き留め、イノベーションを育み、従業員が生き生きと働けるよう支えるうえで、より有利な立場に立つだろう。


