では、理想主義は、社会の激変を乗り越えることはできるだろうか。
すでに指摘されているように、深刻なインフレによりコーヒーは値上がりしている。それ以上に、米スターバックスはモバイルオーダーで細かなカスタマイズを求めるテイクアウト客が圧倒的で、従業員たちが疲弊し、不満を抱いている。ホスピタリティの「場」だったスタバが、デジタルによる効率化を追求して、労働環境は悪化。コロナ禍以降、リアルなコミュニティの場としても敬遠され、デジタル化した社会で、シュルツの理想は「非効率」と見なされてしまった。
しかし、理想主義と社会の変化は、過去にも見てきた歴史ではないだろうか。
カジュアルファッションブランドのGAPは、1960年代に社会問題になっていた「世代間の分断(ギャップ)の解消」を理念として創業した。しかし、2000年代、ファストファッションの台頭により、「服」「消費」の概念が変化。日本でも店舗の閉鎖など、厳しい低迷期に入った。
また、米ミズーリ州に本拠を置く個人の小口投資家向けの証券会社エドワードジョーンズは、ウォール街の効率主義的な手法に背を向けて、「1つの地方都市とコミュニティに、1人のアドバイザーを置き、近所のおじさん・おばさんのように、人生の相談に乗りながら、お茶を飲んでじっくり資産を守る」という手法で、長年、顧客満足度でトップクラスを堅持してきた。しかし、ブランド価値を毀損する自社のスキャンダルと、フィンテックの登場で非対面・低コストが主流になると、彼らは苦境に陥った。
つまり、顧客が信頼を寄せた「情緒的価値(空間、体験、人間味)」は、デジタル社会で「効率が悪い」とみなされてしまうのだ。これが「理念ブランド」の宿命である。ところが、この宿命を背負いながら、GAPもエドワードジョーンズもその後、V字回復を果たしている。
エドワードジョーンズは銀行機能を拡大する認可を取得したことで、顧客の投資だけでなく、日常的なキャッシュフローのアドバイスを始めた。また、税務や法務の専門機関と提携して、顧客との関係をより深めていった。GAPは商品開発に力を入れる本業に注力しつつ、一方でデジタルを使った顧客アプローチで成功。つまり、両者ともコアな価値は変えずに、ブランドを磨き上げたと言っていい。
米スターバックスは、現在のCEOが「原点回帰(Back to Starbucks)」を打ち出している。しかし、シュルツが最高調停人と呼ばれた10年前と比べて、インフレ圧力による経済格差が深刻になっている。さらに、和解より圧力という手法を選ぶトランプが大統領である。
社会の激変に揺さぶられるたびに、理念ブランドは同じ問いに直面する。「コアな価値を守ることが正しいのか、それとも時代に合わせて変えることが正しいのか」。しかし、それは問いが間違いなのかもしれない。GAPもエドワードジョーンズも、スターバックスも、その問いに「正解」を出したわけではない。問い続けながら、磨き続けた。それが理念ブランドの宿命であり、強さの源泉でもある。「ブランドは時代を超越せねばならず、そこに完成はない」と言われる。終わりのないクオリティジャーニー——それはスターバックスだけの話ではないのだ。


