ドル高の進行は、インドネシアのような国々が国債の利回りを抑え、株式市場を安定させるために頼りにしている資本を吸い上げている。世界の流動性が低下すると、投資家は財政収支と経常収支がともに赤字の国々に厳しい目を向ける。インドネシアはまさにそうした「双子の赤字」を抱える国のひとつであり、そのためルピアは最近、1ドル=1万8000ルピアを突破して史上最安値を更新した。
1997年との共通点は明白である。当時もドル高に歯止めがかからず、タイやインドネシア、韓国が守ろうとしたドルとの通貨ペッグ(固定)は持ちこたえられなくなった。たしかにそれは、各国が抱えていた過剰債務などさまざまな「行き過ぎ」も大きな要因だったが、ドル高の進行によって通貨切り下げはもはや不可避のものになった。バンコクやジャカルタ、ソウルの当局者は次々にドルペッグ制の放棄に追い込まれ、その衝撃は世界経済に波及していった。
外部からの圧力と、自ら招いた脆弱性がぶつかっているという点も重なる。2024年10月の就任以来、インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領は、かつて財政拡張を抑制し、中銀の独立性を保護していた制度上のガードレールを弱めてきた。世界の資本がすでに逃避し始めている局面で、こうした信認毀損は新興国が最も避けるべきことだ。
中央銀行への政治介入をめぐる懸念は、FRBウォッチャーにも馴染みのあるものだろう。トランプもFRBの独立性を侵食するキャンペーンを進め、スティーブン・ミラン大統領経済諮問委員会(CEA)委員長(当時)をFRB理事に送り込む(編集注:5月に辞任を届け出)などしてきた。
新興国市場への投資家の間で、いまのインドネシアは悪い意味で注目を集めている。プラボウォはより大規模な景気刺激策を推進し、金利の引き下げも求めてきた。転機となったのは2025年9月、広く尊敬され、財政の行き過ぎに警鐘を鳴らしてきたスリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相を突然解任したことだった。プラボウォが経済ナショナリズムに傾斜していることも投資家の懸念を招いている。インドネシアに必要なのは主要産業の周りに掘を築くようなことではなく、国際競争力を高めていくことだ。
現在、圧力はインドネシア銀行(中央銀行)に直接向けられている。インドネシア議会は今月、インドネシア銀行のマンデート(責務)に経済成長の促進を含める法案を可決した。この変更は、財政当局の役割と金融当局の役割の境界を曖昧にするものだと批判されている。たとえば、インドネシア銀行の当局者は今後、議会による業績評価を受けることになる。そのため、中銀が独立して政策を決定する権限がだんだんと損なわれていくおそれが強まっている。
政策への信認は、いったん失われてしまうと回復するのはきわめて難しい。米国からインドまで主要国はその実例に事欠かない。他方、インドネシアの場合、1990年代後半の危機の前例という負の遺産がさらに重荷になる。今日の政策の誤りによる代償は、より早く表面化し、より大きな打撃となり、リアルタイムで悪化していくということだ。


