たとえば、2人が新しい同僚に会うとしよう。その同僚は控えめで、少し感情が読み取りにくい人だとする。2人のうち1人は温かく感情表現の豊かな人々に囲まれて育ったため、その同僚の控えめさを思慮深い知性の表れだと解釈する。もう1人は感情的に距離のある保護者のもとで育ったため、その静かな姿勢を冷淡さや傲慢さの表れだと受け取る。
新しい同僚の顔は少しも変わらないが、その観察結果は全く異なるものになる。心理学者たちはこれを「知覚者効果」と呼んでいる。自分の心理状態が他者の評価に影響を及ぼす傾向のことだ。一般的に人を信頼しやすい人もいれば、脅威に敏感な人もいる。無意識のうちに温かさを求める人もいれば、能力や影響力を重視する人もいる。
したがって、誰かがあなたに対して否定的な第一印象を抱いたとしても、おそらくそれは実際のあなたの行動とはほとんど関係がないということを覚えていてほしい。タイミングや状況、感情の状態、個人の過去などが社会的認知を歪めることがあり、それらはどれもあなたがコントロールできるものではない。
同時に、これはあらゆるやり取りにおいて異常なほど体面を保つことよりも、長期的には「本物であること」の方が重要な理由も説明している。他人の世界の見方をあなたにはどうすることもできない。人間は中立的な記録装置として社会的な場面に臨むわけではなく、これまで自分が感じたことが常に自身の中にある。
2. 性別
研究ではまた、男性より女性を評価する場合の方が外見が重視されることが明らかになった。この結果は示唆に富んでいるが、残念なことに意外ではない。おそらくこれは女性が全体として外見に基づいて社会的評価を受ける頻度の高さを反映している。その結果、女性に対する第一印象においては視覚的な情報がより大きな重みを持つ。
こうした現象は日常生活の中でよく目にする。たとえば、会議に遅れてきた人物が男性の場合、その後どれだけ良い成果を上げられるか、つまり会議でどれだけ有能に振る舞うかが主に評価の対象となる。一方、女性の場合、外見や服装、表情、洗練された印象といった要素が無意識のうちに最初から評価の基準として考慮されるかもしれない。
さらに、「疲れている」ように、あるいは完璧すぎるように見えたり、また真面目すぎ、あまりに親しみやすい、あるいは逆に親しみにくいといった些細な視覚的手掛かりでさえ、女性に対する印象を過度に左右することがある。そうした基準は概して矛盾しているため、心理的負担の一因となっている。
言うまでもなく、誰であっても外見は第一印象に影響する。だが、それゆえにその基準が不公平であるという事実は変わらない。女性の顔立ちや身だしなみは意識的か無意識的かを問わず観察者にとって社会的な判断材料となる。
第一印象は思考の近道として機能することが多いため、これは非常に重要だ。脳は効率性を好む。不完全な情報から空白を埋めようとする。性別に関する偏見は、意味のある交流が始まる前からそうした先入観を導く数多くのレンズの1つだ。そしてこうした判断は素早く行われるため、人々は文化的に学習した期待に大きく依存していながら自分が客観的だと本気で思い込んでいることがある。


