盛大な帰郷
コールフィールドは、その再訪をこう描写している。
「火曜日のイベントは、賑わう店内の一角で行われた。そこは北カリフォルニアでも特に人気の高いデニーズの1店舗で、家族連れや退職者、夜勤明けの労働者が、卵とパンケーキを山盛りにした皿、ソーセージやベーコンの皿を求めて次々と入ってきた。フアンもそのなかにいて、彼と同席者は、ランバージャック・スラム(パンケーキや卵のセット)などの米国定番メニューを平らげ、たっぷりのコーヒーで流し込みながら、会議で1日を始めた」
まさにランバージャック・スラムである。
やがてデニーズは、賞金2万5000ドル(約401万円)の「Denny's Trillion-Dollar Incubator Contest」を立ち上げた。ケンタッキー州レキシントンのウォルター・アーネットが、寄付のための「Dad Mob」コミュニティプラットフォームで優勝した。
ソウルへ
現在へと話を進めると、エヌビディアに関する最も新しい動きは、これらの契約について話し合うためのフアンの韓国訪問である。
「皆さんとここにいられて本当にうれしい」とフアンは述べたと報じられている。「これが韓国のエコシステムだ。これが産業基盤だ。これがベンチャー投資家だ。これが若い起業家だ。私たちは彼らを一堂に会させた。率直に言って、来年はこれを2倍ではなく、10倍の規模にしたい」
フアンはまた、同社がAIチップへの投資を決断するに至った哲学についても語った。
「偉大な技術のほとんどは、最初は玩具として始まった」と彼は言う。「そして私たちは、コンピューターゲームは現実を再現しようとしているから複雑なのだと気づいた。現実の再現には、並外れたアルゴリズムと並外れた計算技術が必要だ。そしてその出発点から、いつか世界で最も重要なテクノロジー企業の1社になれるかもしれないと夢見た。それが私たちの夢だった。33年前のことだ」
確かに、デニーズのあのボックス席から大きなものが生まれた。これと同じような話は、どこを探してもまず見つからないだろう。エヌビディアはまさに、この時代の金融の巨獣である。半導体の大半が製造される台湾の出身で、しかも米国で学んだ人物(若い頃にはケンタッキー州やオハイオ州の学校に通っていたとはいえ)なら、この圧倒的な巨大企業を創業するうえで好位置にいたと言うこともできる。だが、あのコーヒーも、多少は関係していたのかもしれない。


