6月8日、Apple Parkで開かれたWWDC 2026の基調講演は、目新しさという面では何もなかったと言っていい。堅実な発表で、企業戦略とアプリ開発者へのメッセージは明確だったが、実にサッパリとしたものだった。しかし、引き込まれたシーンがなかったわけではない。
「ジェフの新しい家はどこだっけ」
壇上のデモ担当者がSiriにそう尋ねると、画面に住所が現れた。友人が以前メッセージで送ってきたきり、どこにも保存していなかった住所である。続けて、その家に寄ってから海岸の観光スポットへ向かう経路を頼むと、立ち寄り先を組み込んだルートが引かれた。
スマートフォンを使う人なら、この場面の意味がわかるはずだ。私たちは毎日、探している。あのメッセージはどこか、あの写真はどれか、予約の確認番号はどのメールにあったか。その手間を肩代わりしてくれるはずだったSiriは、長いあいだ、タイマーと天気を確認する役目に甘んじてきた。
アップルは今回、そのSiriを「Siri AI」として作り直した。ただ、この発表をアップルの新機能として眺めるだけでは、業界を覆う全体像の半分しか見えない。
1カ月ほど前、グーグルはAndroidの次期版の中核に「Gemini Intelligence」という名のAI基盤を据えると発表している。アップルの「Apple Intelligence」と、グーグルの「Gemini Intelligence」。同じ夏に、同じIntelligenceを名乗る2つの計画が出揃った。そして、この2つのブランドには両社が描く未来図の違いが凝縮されている。
「探し回らなくていい」日がやってくる?
まず、iPhoneのユーザーにとって何が変わるのかを整理したい。
Siri AIは、会話を通じて、iPhoneの中にあるものへと導いてくれる。
週末に撮った写真から子どもたちの写るものだけを選び、家族のアルバムに加える。形式のばらばらな見積書を読み比べ、過去のやり取りに残る条件まで踏まえて、依頼メールの下書きを作る。基調講演では、ワールドカップの観戦会を計画する場面で、娘がメッセージで触れていたスイーツの話を探し出し、その献立に組み込んでみせた。
単発の質問に答えるのではなく、いくつかの段取りを踏んで用件を済ませる。いわゆるエージェント──人の代わりに作業の手順を進めるAI──が働くための仕掛けが、iOSそのものに組み込まれたと言い換えてもいい。
このとき気になるのは、自分の写真やメッセージをAIに読ませて大丈夫なのか、という点だろう。アップルの設計では、処理の多くはiPhoneの中だけで完結する。端末に収まらない重い処理は「プライベートクラウドコンピューティング」と呼ばれる仕組みへ渡される。
要するに、アップル自身を含めて誰も中身を覗けないよう設計された、金庫室のようなクラウドである。データは保存されず、AIの学習にも使われないと同社は説明する。
もっとも、デモの滑らかさをそのまま信じるわけにはいかない。Siri AIの提供は年内、まずは英語設定のユーザー向けのベータからで、日本語版も順次提供されるものの、正確な提供時期は示されていない。しかもこの構想は、2024年のWWDCで一度予告されながら延期を重ね、最後はグーグルの技術も取り込んで、2年越しでようやく発表にこぎ着けたという経緯がある。“期待は半分”程度で待っておくのが妥当だ。



