6代目は、家業を継ぐつもりではなかった
石川はもともと、家業を継ぐ予定ではなかった。大学卒業後、日本政策金融公庫で約10年働いた。中小企業の金融支援に携わり、営業の苦労を経験しながらも、顧客の役に立つことに仕事の喜びを見出していた。
転機は、父の体調不良だった。後継者がいない。では誰がやるのか。悩み抜いた末に、石川は家業へ戻る決断をする。
しかし、2020年4月に戻った会社は、理想とは遠かった。社員同士の不信感、言った・言わないの衝突、現場の空気の重さ。コミュニケーションアプリSlackを導入し、見積書をエクセル化し、デジタルツールを入れた。それでも、組織は簡単には変わらなかった。
石川が気づいたのは、ツールの問題ではなく、価値観の問題だった。
前職には「政策金融として何を大切にするか」という共通認識があった。だが家業には、長い歴史があるにもかかわらず、それを言葉にした軸がなかった。そこで石川は、社員と1年かけてミッション・ビジョン・バリューをつくる。
掲げたビジョンは、「宝物を託される人になろう」。側島製罐は公式サイトで、缶を「人の想いを預かる器」と表現している。顧客の商品、誰かの思い出の品、缶の中に詰まるさまざまな想いを預かる会社である、という定義だ。
この言葉は、缶を単なる容器から、信頼を預かるプロダクトへと変える。
評価制度も、決裁も、指示命令もなくした

側島製罐の組織改革は、理念づくりだけにとどまらない。
同社は2023年に自己申告型報酬制度を導入した。過去の実績を評価するのではなく、未来への投資として、自分の役割と報酬を自ら宣言する仕組みだ。さらに、指示命令や決裁、承認プロセス、役職をなくし、社員一人ひとりが自律的に意思決定する組織を目指している。
聞こえは華やかだが、石川は番組内で、自由は決して楽なものではないと語っている。採用面談でも「自由は辛い」と説明するという。誰かに言われたことをやる方が、ある意味では楽だ。だが、自分で決めるなら、自分で説明しなければならない。
ここに、老舗中小企業の次の経営モデルが見えてくる。
従来の町工場は、社長の経験と勘、現場の暗黙知、長年の取引関係によって動いてきた。だが人口減少と人材不足の時代、そのモデルは限界を迎える。若い人材を惹きつけ、専門人材を迎え入れ、社員が経営視点を持つには、会社の存在意義を言語化し、意思決定を分散させる必要がある。


