私たちの視覚は、一見すると完璧であるように思える。夕日を眺めれば、オレンジ色だった空が次第に溶け出すようにピンク色に変わっていく様子が見て取れる。森を見渡せば、数限りない緑色の陰影を感じられる。そのため、私たちが見ている景色こそが現実世界のすべてなのだと、つい錯覚しそうになる。
だが、それは事実ではない。ヒトの可視スペクトル、すなわち太陽の電磁放射のうちヒトに知覚できる領域は、驚くほど狭い。そして、ヒトの可視スペクトルをほんの少しだけ超えたところ──虹の7色の端にある「紫色」のさらに先──には、紫外線(UV)という、通常のヒトの知覚ではまったくとらえられない世界が広がっている。
ハナバチ(花の蜜や花粉を主なエサとして生活するハチの総称)は、紫外線を利用して花にたどりつく。鳥は、紫外線を用いてコミュニケーションをとる。トナカイは、北極圏の雪原のなかで捕食者を検出する際に、紫外線を利用している可能性がある。一方、ヒトの眼は、紫外線をフィルターにかけて、ほぼ完全に除去している。
この事実を知って驚く人は多い。というのも、生物学的に見れば、ヒトには紫外線を検出する能力がまったくないわけではないからだ。ヒトの網膜には、近紫外線波長への感受性がわずかながら残されている。
紫外線知覚を妨げる本物のハードルは、網膜の前にある水晶体だ。ヒトの水晶体は、まるで日焼け止めのように紫外線放射を吸収し、網膜に到達するのを防いでいる。
ここから、進化にまつわる重要な疑問が浮かんでくる。世界は紫外線に満ちあふれているのに、なぜヒトは、紫外線を見る能力を進化させてこなかったのだろう?
ヒトが紫外線をブロックするように進化した理由
少なくとも進化の観点から一言で言うと、「もし私たちに紫外線が見えたとしても、得るものよりも失うものの方が多かったから」だ。
2011年に医学誌『BMC Ophthalmology』に掲載された論文で、研究チームは、健康なヒトの水晶体を、紫外線放射と可視光にさらしたときに何が起こるかを検証した。長期間にわたって多量の紫外線に曝露されることで、水晶体には、顕著な散乱性損傷と光黒化(photodarkening:光を長時間照射することで物質の透過率が低下する現象)が生じることがわかった。いずれも、時間とともに組織の内部に構造的損傷が蓄積していくことを示す兆候だ。
すなわち、紫外線放射は水晶体の透明度をじわじわと下げ、水晶体の効率的なはたらきを妨げると考えられる。水晶体は、視覚系の中で最も繊細な構造の一つであることから、このような劣化が視覚に悪影響を及ぼすことは避けられないだろう。
水晶体は、極めて難しい仕事を担っている。数十年にわたってほぼ完璧な透明度を保たなければならないが、その職場では絶え間なく、透明度を脅かす太陽からの紫外線放射にさらされる。長い生涯のなかで、紫外線への曝露によって蓄積した損傷は、白内障などの加齢に伴う眼の変性の原因の一つとなる。



