北米

2026.06.10 10:15

激動の米国航空業界、スピリット航空の消滅が示す「格安フライト」の終焉

2026年5月12日、ジョージア州アトランタのハーツフィールド・ジャクソン空港にある、最近閉鎖されたスピリット航空のカウンター(Katherine Welles - Stock.adobe.com))

2026年5月12日、ジョージア州アトランタのハーツフィールド・ジャクソン空港にある、最近閉鎖されたスピリット航空のカウンター(Katherine Welles - Stock.adobe.com))

2026年5月2日、アメリカの空港にある奇妙な光景が広がった。チェックインカウンターに並ぼうとした旅客が、閉鎖された黄色いカウンターと沈黙した端末を前に立ち尽くす……。LCC(Low-Cost Carrier)のスピリット航空が、突然、全便を運休、廃業したのだ。

「メールが1通届いただけで、運航停止だと。その後は何も連絡がない。給与がいつ、どのように支払われるのかも、健康保険はどうなるのかも、家族をどう養えばいいのかも、何もわからない」

フロリダ州のフォートローダーデール空港に取り残された元スピリット従業員、サブリナ・ラインハート氏はそう語った。

旅客側の混乱も深刻だった。スピリット航空は全フライトをキャンセルし、カスタマーサービスを停止。「空港には来ないでください」と告知するだけで、数千人の人間が行き場を失った。

クレジットカードやデビットカードで購入した旅客には自動返金が行われたものの、マイルや旅行代理店経由で予約した旅客は返金を受けられないケースも生じた。

デルタ航空やユナイテッド航空は「救済運賃」を設定(後者は多くの路線で片道199ドル上限)し、アメリカ合衆国運輸省が調整役を担ったが、突然の廃業に対応できる体制ではなかった。

実際、この「救済サイト」を見に行ってみたが、不具合が多く、ライバルが沈んだことで迷惑を被った客はあくまでライバル会社の客であり、ボランティアで救済を差し伸べる手とはこんなものかという印象を持った。

「スピリット効果」と呼ばれる市場原理

スピリット航空は、現在の預け荷物はもちろんのこと、頭上に乗せる荷物も、座席の位置も、ありとあらゆるものを「有料」にすることで、基本単価を激安にした、激安路線の先駆け的存在だ。

しかし、決して万人に愛される航空会社ではなかった。狭い座席、追加料金、派手な黄色の機体。手荷物、座席指定、印刷された搭乗券にまで料金が発生する仕組みは、しばしば冗談のネタにもなった。

米国に居住する日本人の間でも、「またスピリットか」と苦笑いする声を聞いたことがある人も多い。しかし、皮肉なことに、その不満込みの安さこそが、スピリット航空の価値だったのだ。

航空券が39ドル、あるいはそれに近い金額で表示された瞬間、人は「これはいいかもしれない」と思う。その意味で、スピリットは単なる格安航空会社ではなく、距離を少しだけ民主化した存在だった。

必要なものだけ買ってください」というやり方は乱暴で、ときに不親切だったが、同時に業界全体を変えた。

筆者はすでに200本以上の米国事情を日本語でこのコラムに書いてきたが、スピリット商売を紹介したコラムは何か月たってもトップテンから外れなかったお化け人気コラムになっていて、日本人読者にも興味深い事情なのだと気づかされた。

スピリット航空を一度も利用したことがない旅客でも、実はその恩恵を享受していた。「スピリット効果」と呼ばれる市場原理だ。

スピリット航空が参入した路線では競争が激化し、大手航空会社も値下げを余儀なくされた。デルタ航空は内部的に一部の格安チケットを「スピリット対抗運賃」と称していたほどだ。

大手航空会社がベーシックエコノミーを導入し、細かい料金体系を広げていった背景には、スピリット的な発想の浸透がある。スピリット航空は消えても、航空業界のスピリット化は残ったのである。

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