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AIと数理モデルに依存する「モデルランド」ビジネスの盲点と予測不可能な未来への備え

サステナブル・ファイナンスは本来の山の頂上を目指せ

河口眞理子|立教大学大学院 社会デザイン研究科 特任教授

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1980~90年代の米国と日本の株式市場を相手に仕事をしてきて、金融市場の本質は、数式で制御可能な合理的空間ではなく、人間心理が織りなすセンチメント(感情)の集合体だと考えるようになった。1980年代のブラックマンデーをはじめとする暴落や、熱狂相場の現場では、「売りたい」「買いたい」という欲動が市場を動かし、理論は後付けだと強く感じた。一方、現代の経済学やモデリングの潮流は「合理的経済人」という極めて単純化された仮定を置く「モデル」と、それが構築する「箱庭の世界」にとらわれている。

「モデルランド」という問題意識は、まさにこの状況を的確に言い表している。モデリングに従事する人々は「精巧なジオラマ」をつくり上げることにエネルギーを費やし、あたかも「現実がモデルに合わせるべきだ」という主従の逆転を引き起こしてはいないか。モデルは本来、現実を理解するための暫定的なツールにすぎない。しかし現実には、モデルを構築すること自体が目的化し、その限界が忘れ去られ、その出力結果は絶対的な真実として意思決定に利用されているようにしか見えない。

「精米化」するESG情報の問題点

サステナブル・ファイナンスの現場において、モデルランドの問題は「情報の精米化」という形で顕在化しているのではないか。本来のESG情報は、食べにくいが栄養素が詰まった「玄米」のように多様な質的情報を含んでいる。しかし、金融実務においては評価・比較可能性を優先するあまり、それらを削ぎ落とした「白米」の状態、すなわち単純な数値データへと還元してしまうプロセスが常態化している。その最たる例が、環境問題を「CO2排出量」という単一の指標に集約させる動きだ。例えば、脱炭素のために森林や湿地を破壊しメガソーラーを設置する場合、CO2削減という数値上の成果は得られるが、その裏で失われる生態系の価値はモデルの外側に置かれ、判断材料の範疇外となる。現実の環境問題は水資源、土壌、生物多様性など複数の要素が相互に関係するレーダーチャートのような構造であるにもかかわらず、多角的な環境負荷が炭素などのひとつの軸に単純化され、定量化や金銭換算が困難な要素は排除されてしまう。しかし、それこそが人類の持続可能性にとって重大なリスクである可能性が高い。

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モデルに含まれないという理由で重要性が低いと見なされるならば、それは現実認識の重大なゆがみである。

これは、サステナブル・ファイナンスという山の頂上を目指すべきときに、3合目の見晴らし台に到達した段階で下界ではみられない景色に出合って満足している登山者のようだ。本来であれば頂上を目指すべきであるが、多くの実務家はすでに3合登った実績とそこからの景色に満足してそれ以上動かず、モデルの精緻化に固執している。排出量の測定精度や保証制度の整備といった取り組みは重要であるものの、それ自体が目的化することで、本来目指すべき頂上への関心が薄れてしまっている。

モデルは必ず現実の一部を削ぎ落とす。現実に適用する際には、削ぎ落とされた要素を再び接続し直す作業が必要だ。

金融は人が良く生きるための手段に過ぎない。本来のサステナブル・ファイナンスとは、社会と環境との調和を前提とした金融である。その実践のためには上位概念としての哲学やリベラルアーツ、企業倫理を再定義し、自らの判断に十分な責任をもつことが不可欠だ。

モデルランドの住人から、現実世界の生態系の一員へと立ち返るための思想的な転換が求められている。


河口眞理子◎大和証券グループ本社CSR室長、大和総研研究主幹などを歴任。2020年4月より立教大学特任教授。不二製油グループ本社ESGアドバイザー。サステナビリティ全般に関し20年以上調査研究・提言活動を行う。

インタビュー、翻訳、構成=井村凪伯 イラストレーション=ローズ・ウォン

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