クマの出没や感染症の拡大は、単なる野生動物の問題ではない。その背景には、人と自然の「あわい」が失われつつあるという構造がある。では、その関係性をどう再設計すればよいのか。日本各地で始まりつつある実践を手がかりに、「里山2.0」の可能性を探る。
前稿では、ブラジル大西洋岸森林の研究を手がかりに、人と自然の関係性を捉える二つの視点を紹介した。ひとつは、生態系の健全性によって病原体の流出を抑える「景観免疫」という概念。もうひとつは、人間社会と野生動物の適切な距離を保つ「間合い」の考え方である。両者を統合した「生態学的対抗措置(Ecological countermeasures)」が、感染症と人獣衝突の双方を予防する、最も上流の公衆衛生介入である。そして日本の里山は、その考え方を長い時間をかけて実装してきた存在だった──というのが前編の概要である。
しかし、ここで事実を直視しなければならない。その里山は、いま崩れている。
戦後の燃料転換、林業の衰退、農村の過疎化。日本の里山は急速に放棄され、人間社会と野生動物の間合いは破綻した。2025年度のクマ人身被害が、環境省の速報値で過去最多水準へ跳ね上がったのは、その帰結である。前編の問いを引き継ぐなら、本稿が答えるべきは、どうやって、あわいの森をもう一度編むのか、という具体的な問いになる。これは思想だけの議論ではない。すでに各地で、辺境からの実装が始まっている。それを束ねれば、「里山2.0」とでも呼ぶべき新しい設計図が見えてくる。
「里山2.0」の設計図
では、その設計図とはどのようなものだろうか。その設計図は、かつての里山を復元することではない。人口減少社会に合わせて、人と自然の新しい間合いを編み直すことにある。
第一の設計:人と自然の境界を引き直す(三層のゾーニング)
縮減する人口で里山すべてを維持することは不可能だ。だとすれば、空間を三層に分けて運用する発想が要る。
生活圏(守る里山) ──集落の周縁に防衛線を集中投下する。電気柵、緩衝帯の藪刈り、誘引物(柿、栗、生ゴミ)の管理。ここは人の暮らしを守る一線として、明確に維持する。
共生圏(使う里山)──林業、観光、教育、研究、エネルギーで人が積極的に関与し続ける領域。里山が「使われ続ける」ことで、結果として管理される。これが里山本来の在り方である。
野生圏(返す里山)──人が手を引き、自然遷移に委ねるリワイルディング(再野生化)エリア。ヨーロッパでは「Rewilding Europe」という枠組みで広域実装が進んでいる。重要なのは、「放置」と「返す」を厳格に区別することだ。前者は失敗であり、後者は政策的選択である。
すべてを守ろうとすれば、すべてを失う。意図的に手を引く判断こそが、間合いを回復させる。



