縮減を再編集する
六つの設計を束ねると、見えてくる思想は一つに収斂する。里山は縮減するのではなく、再編集する必要があるのだ。人口は減る、空き家は増える、これは止められない。しかし、その空間がどう使われるかは、私たちの構想力次第である。「人が住んでいない=価値がない」ではなく、定住人口の論理から、関係人口の論理へ。所有の論理から、循環の論理へと視点をシフトさせる必要がある。
そして、これらすべての営みが、最終的にはハンタウイルスや人獣衝突から人間社会を守る、最も上流に位置するヘルスケアの取り組みになる。それ自体が魅力的であるだけでなく、下流に位置する大都市を、さまざまな脅威から守る役割を果たすのである。前編で紹介したReaser博士らが宣言した「生態系の修復は公衆衛生サービスである」というテーゼは、抽象論ではない。
バイオマス施設も、分散ホテルも、ガバメントハンターも、ジビエ料理も、すべてが「景観免疫」と「人と野生動物の間合い」を統合した、新しい境界の作法を構成する部品なのだ。これが、辺境未来論の核心である。世界の先端科学が定式化しつつあるものを、日本の辺境は、いまこの瞬間、具体的な実装として動かしている。
クルーズ船のハンタウイルス感染と、日本の里山の熊出没は、別々の事件ではない。境界を失った世界が自分自身に送るシグナルであり、それに応える具体的な設計図はもう、各地で動き始めている。森を、懐かしい風景として保存するのではなく、未来の公衆衛生インフラとして編み直す。
「あわいの森」を、もう一度編む。
それは、世界の各地で同じ問いと向き合う人々と、長い時間「あわいの作法」を培ってきたこの国が、共に取り組んでいける営みである。


