この洞察を体系化したのが、感染症生態学者レイナ・プラウライト教授らによる「景観免疫(Landscape immunity)」という概念である。簡潔に言えば、健全な森・湿地・農地・里山の配置が、病原体と人間社会のあいだに防波堤をつくるという考え方だ。Lancet Planetary Health (2021)、Conservation Letters (2022)、Nature Communications (2024) と、科学的文脈で着実に精緻化されつつあるこの考えは、極めて重要な視座の転換を含んでいる。
健全な生態系は、それ自体が一つの免疫系として機能している。多様な種、複雑な食物網、緩やかに変化する境界 ── これらが組み合わさることで、病原体は野生の中に封じ込められ、人間社会への流出(spillover)が抑制される。逆に、生態系が単純化され、境界が痩せていくと、この自然の免疫機能は低下する。
ジェイミー・レイザー博士らは2021年、Restoration Ecology 誌に決定的な一文を残した。── “Ecological restoration should be regarded as a public health service.”(生態系の修復は、公衆衛生サービスとみなされるべきである)。
検査と隔離は、感染が起きた後の対策である。森を守ることは、ウイルスが人に近づく前の予防である。自然保護は、最も上流にある公衆衛生なのだ。
Reaser、Plowright らの理論枠組みには、実はもう一つの柱がある。「景観免疫」と並んで、原語で “dynamics of wildlife-human proximity” と呼ばれる概念だ。直訳すれば「野生動物と人間の近接性の動態」だが、本稿ではこれを「人間社会と野生動物の間合い」と呼びたい。
人間も生態系の一部である。だからこそ問われるのは、人間社会の土地利用や暮らしの動きと、野生動物の行動圏が、どこで、どのように、どれだけ重なるのかである。本稿ではその動的な距離管理を、「人間社会と野生動物の間合い」と呼ぶ。武道の「間合い」がそうであるように、人間社会と野生動物の間合いもまた、固定された距離ではない。近すぎても、遠すぎても、関係は破綻する。土地利用、季節、食料、人口密度、野生動物の移動に応じて、常に再調整され続ける距離 ── それが、健全な共生を支える。
「景観免疫」は、病原体が野生の中で過剰に増え、人間社会へ流出することを抑える概念である。一方、「人間社会と野生動物の間合い」は、野生動物と人間社会の接触そのものをどう制御するかという概念である。前者は病原体の流出を抑え、後者は接触と曝露を抑える。両者は別の問題系だが、どちらも境界の作法を失った社会が払う代償を扱っている。Reaser、Plowright らは、景観免疫を保ち、人と野生動物の危険な接触を減らすための、標的化された景観ベースの介入を、「Ecological countermeasures(生態学的対抗措置)」と呼ぶ。
そして、まさに同じ構造の問題が、私たちの足元で進行している。


