スコセッシ「デモを作っているだけで、仕事を奪っているわけではない」
スコセッシが焦点を当てているのは、熟練したアーティストが関与する前段階として、自身の初期の考えを表現するラフなデモの作成だ。
声明で彼はこう述べた。「私はテクノロジーとストーリーテリングの交差点に興味があり、それが創造性の限界をどう押し広げ、観客により深く豊かな体験をもたらし得るのかを見ている。映画は約125年の歴史しかない若いメディアなのだから、どのように進化し得るかについて開かれていなければならない」。
しかし批判者たちは、「AIが監督のプリプロダクションでのシーン検討を助ける」ことと、「AIがこの仕事を専門的に行うコンセプトアーティスト、絵コンテアーティスト、ビジュアル開発イラストレーターに取って代わる」ことの間の距離は、思っているより近いと警告する。
スタジオがその飛躍を行うのに、監督のお墨付きは本来必要ない。とはいえ、スコセッシによる支持は前例をつくる。FLUXによって裏方のアーティストが職を失ったとき、弁明の文言は容易に用意できてしまう。他の業界でAIが人員削減の理由として使われているのと同じ構図だ。
米国映画界で最も称賛される声の1つが、創作プロセスのどの部分であれAIを支持するとき、スタジオや配信事業者が手にするのは、その哲学への共感だけではない。「あのスコセッシも認めている」というお墨付きである。映画は進化しなければならないというスコセッシの考えは正しいのかもしれない。だが、彼の発表が残し、ハリウッドが答えを出そうとしている問いは、この道具がどこで止まるべきかを誰が決めるのかということだ。


