スポーツ

2026.06.13 10:00

W杯開催、米国サッカー変革の10年 マイナー国から抜け出した理由

Danyllo - stock.adobe.com

2006年のW杯(ドイツ大会)に向けた予選に入る頃には、予選突破は単なる希望ではなく当然の期待へと変わっていた。チームにはドノバンやクラウディオ・レイナを含む安定した主力選手に加えて、ミッドフィルダーのマイケル・ブラッドリーなどの新たな才能も台頭していた。だが本大会は期待外れの結果に終わり、戦術の停滞と過去の成功への過度な依存が露呈することになった。

advertisement

それでもアリーナの総合的な影響は計り知れないものだった。MLSの所属選手と欧州組を統合する青写真を確立し、一体感のあるアイデンティティを育んだ。後任のボブ・ブラッドリーは規律と適合性、責任を重視し、競争力を維持しながら、チームに粘り強いメンタリティーを植え付けた。

2009年のFIFAコンフェデレーションズカップでの決勝進出は、準決勝でスペインに歴史的勝利を収めたことも含め、米国代表の発展をさらに確かなものにした。2010年のW杯(南アフリカ大会)までに期待値は大きく高まった。米国はアルジェリア戦でのドノバンの劇的なゴールに象徴される形でグループ首位通過を果たしたが、ラウンド16で敗退した。この成績は、米国は強豪国の仲間入りとまではいかないまでも、競争力のあるサッカー国家であることを再確認させた。

2000年代初頭からの10年間を経て、MLSも代表チームも大きく成長した。リーグは拡大し、サッカー専用スタジアムが建設され、観客動員が増えた。結局のところ、この10年間は、米国サッカーを不安定な実験段階から確固たる地位を確保するまでに変貌させたのである。この時期に形成された制度や期待、そしてアイデンティティは、今日もなお競技の進むべき道を照らし続けている。

advertisement

forbes.com 原文

タグ:

advertisement

ForbesBrandVoice

人気記事