「大企業発のスタートアップで、5年間成長している事業を探すのはもはや難しい」
ソニーサーモテクノロジー株式会社(STTI)の代表取締役社長である伊藤健二氏は、周囲からこう言われることがあるという。同社の看板プロダクトであるウェアラブルサーモデバイス「REON POCKET(レオンポケット)」シリーズは、2019年にソニーグループの新規事業創出プログラムである「Sony Acceleration Program」から生まれ、2024年にはソニーグループからスピンアウトしたSTTIが設立された。
REON POCKETは首元を直接冷やしたり温めたりする「着るクーラー」として、累計販売台数や認知度を拡大し続けている。
事業開始初年度で黒字化を達成し、その後も一貫して黒字経営を継続。売上は2020年比で約7倍、利益は約10倍(2025年度見込)と飛躍的な成長を遂げている。大企業発スタートアップが容易に成功できないと言われる中、STTIはいかにしてビジネスを軌道に乗せ、グローバル展開を加速させているのだろうか。
猛暑の上海で生まれた「人を冷やす」アイデア
REON POCKETの着想は、伊藤氏の実体験から生まれた。2017年の夏に出張で訪れた中国・上海の屋外の猛暑と、凍えるほど冷房が効いたホテルの部屋や地下鉄の中など屋内環境とのギャップに驚愕したことがきっかけだった。
当時、ソニーでカメラの設計に従事していた伊藤氏は、カメラが内蔵するイメージセンサーを冷やすための放熱技術にも精通していた。「ペルチェ素子のモジュールを使って筐体の内部を冷却する技術を応用して、人の身体を直接冷やせば、屋外での暑さ対策になるだけでなく、空調への依存を減らして環境負荷の軽減にも貢献できるのではないか」。そう考えた伊藤氏は、帰国後すぐにウェアラブルサーモデバイスのプロトタイプの開発に着手した。
試作を進める上で、ソニーの技術アセットが大きな武器となった。カメラ設計で培われた放熱設計技術に加え、モバイル機器で培った高密度実装やセンシング技術など、ハードウェアのベースとなる品質はすでに担保されていた。
「商品性も品質も、ソニーのアセットを使うことでベースを担保できました。だからこそ、私たちはウェアラブルサーモデバイスという新規領域のプロダクトがもたらす価値を磨き抜くこと、つまり『人をどのようにクールダウンするか』という一点に集中できたんです」
人の健康に関連する知見について、足りない部分は産学連携を活用した。横浜国立大学の研究者にアドバイスを求めながら、首元を冷やすことによる発汗の影響や、不快感や暑さを軽減する効果の実証を行った。「首元は冷点の密度が高く、最も冷感を感じやすい部位のひとつ」という科学的な検証を踏まえて、REON POCKETの形状は確立されていった。



