西陣織の老舗が、テクノロジーを導入した新たな養蚕事業へと踏み出した。美の追求にとどまらず、その価値を経済として成立させるための経営判断だ。
「量産型の養蚕事業を復活させようとしているわけではありません。美を追求した個性ある蚕を育てて、新たなラグジュアリーシルクの市場を取りに行く。目指すのは、最新のロボティクスやセンシングなどのテクノロジーを取り入れた、今の時代にしかできない工芸です」
そう語るのは、西陣織の老舗「HOSOO」を擁するHOSOO COLLECTIVE代表の細尾真孝だ。昨年11月、桑の栽培から養蚕、製糸、織物、製品化まで、国産シルクの生産構造を一帯で再構築する「KYOTO SILK HUB」を始動させた。京都・与謝野町に約4万m2の土地を取得し、総事業費は約30億円を見込む。10年規模の計画で、第1期は桑畑の造成と養蚕テクノロジーの開発、第2期は研究・生産設備の整備を進めていく計画だ。
なぜ今、細尾は価値の起点である素材にまで踏み込もうとしているのか。
「江戸時代につくられた絹の着物に触れたとき、その手触りが現代のシルクとはまったく違った。圧倒的に良かったんです。織物のクオリティや美を追求すると、今の量産型シルクではどうしても超えられない壁がある。次のレベルに達するためには、今の生産構造自体を改革する必要があると考えました」
日本の養蚕はかつて、美しい糸を生み出すための品種改良が重ねられてきた。しかし近代以降、その重心は「美しさ」から「育てやすさ」「均一性」「生産効率」へと移り、量産に適した構造へと再編されていった。現在、世界で流通するシルクの多くは、均一性や効率を基準に評価され、中国やインドなど人件費の安い地域で量産される構造が定着した。
細尾は江戸時代以前の失われた品質を国産で再現できないかと、10年ほど前から試行を重ねてきた。しかし、品質にこだわるほど人手がかかり、コストは跳ね上がる。結果として持続的な事業として成立させることは難しかった。「従来のやり方の延長では続かない。だからこそ、生産のあり方そのものを見直す必要がある」と思い至った。
「いわば、お酒でいう原酒の酵母のように源流に立ち返るイメージです。均一なものをつくるのではなく、それぞれの特性をどう生かすか。個性をもった糸を吐く蚕を、少量多品で育てていく。それが、私たちの目指す“美”を実現するための前提になる」
こうしたアプローチを実現するには、個体ごとに特性が異なる蚕に応じた育て方が求められる。均一性を前提としたものづくりから、個性を前提とした設計へと転換しなければならない。職人の高齢化や人手不足が深刻になる今、その鍵を握るのはテクノロジーだ。養蚕は、土壌、植物、微生物、そして蚕という生命体が複雑に絡み合うプロセスであり、従来の技術の延長では扱いきれない領域でもある。
そこで細尾は外部との協働に踏み出した。中核となるのが、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の社長、北野宏明率いるチームである。



