環境問題への意識が高まるなか、サステナビリティを企業価値やブランドに結びつけようとする企業は増えている。だが、環境への取り組みを事業として成立させるのは容易ではない。
東急不動産とPwCコンサルティングが千葉県勝浦市で進める取り組みは、その壁を越えるべく、藻場(もば)保全という専門的な環境課題を、地域や観光客を巻き込み、持続可能な施策へと昇華させている。このプロジェクトは、従来の環境施策と何が違うのか。東急不動産ウェルネス事業ユニット リゾート事業本部の白倉弘規とPwCコンサルティング マネージャーの田中裕子に話を聞いた。
勝浦の海から始まった価値創造の試み
千葉県勝浦市では近年、海水温の上昇や植食性魚類の増加などを背景に、海藻が減少する「磯焼け」が課題となっている。藻場はアワビやイセエビなどの水産資源を支える重要な生態系であり、その減少は漁業や観光にも影響する。
その現状を受け、東急不動産は、勝浦市や新勝浦市漁業協同組合、千葉県関係機関などに働きかけ、「勝浦市藻場保全対策協議会」の設立に寄与。自らも協議会のメンバーとなり、ブダイなどの植食性魚類を駆除する活動を通じて、不動産会社が参画したプロジェクトとしては初となるJブルークレジット認証の取得にもつなげた。そのシンボルとして開発されたのが、駆除した植食性魚類の一種であるブダイをフィッシュバーガーとして活用する「勝浦ブルーバーガー」である。
なぜ不動産会社が、勝浦の海に向き合うのか
――不動産会社である東急不動産が、なぜ勝浦の海洋環境や漁業の課題に向き合うことになったのでしょうか。
白倉弘規(以下、白倉):私たちは勝浦で会員制ホテル、ゴルフ場、別荘地を長く営んできました。長いところでは50年ほど、地域に根付いています。ですから今回の取り組みも、「不動産会社として」、そして勝浦で事業を行う「地域事業者として」という思いが強くあります。
東急リゾートタウン勝浦だけでなく、勝浦市全体の魅力を高め、来訪を促すことがゴルフ場の利用や別荘地の価値向上にもつながっていく。地域の困りごとを一緒に解決し、それを観光振興にもつなげられないか。そう考えるなかで、藻場保全を起点としたブルーカーボンの取り組みが見えてきました。
――御社が掲げる「環境先進企業」としての方針ともつながるのでしょうか。
白倉:環境先進企業として、環境への取り組みを単なるCSRの取り組みではなく、地域の資源を活かし、自然環境や地域にとってより良い、持続可能なものにしていきたいと考えています。勝浦でも、海の生態系を守りながら、如何に地域の資源を使って新たな価値を生み出し、事業者だけでなく地域にも還元できるかを地域の皆さんと一緒に考え、取り組んでいます。
伝える前に成立する構造をつくる、PwCの戦略
――PwCコンサルティングは、このプロジェクトでどのような役割を担ったのでしょうか。
田中裕子(以下、田中):もともとは、東急不動産の中期経営計画策定に伴走するところから関わらせていただきました。そのなかで、環境問題に取り組む企業として勝浦を活用した新しいリゾートのあり方を考えたとき、「ネイチャーポジティブなリゾート」という方向性が見えてきました。
大事なのは、環境問題をどう社会に実装し、中長期的に事業価値へと転換していくかです。そのためには、単なる啓発や発信ではなく、“事業として持続する構造”を設計しなければなりません。サステナビリティは、「良いことをしている」と伝えるだけでは、社会にも生活者にも定着しない。重要なのは、何を社会価値として定義し、それをどう可視化し、第三者性をもって評価できる仕組みに落とし込むか。そして、生活者や地域が自然に参加できる体験へと昇華しながら、最終的に事業価値やブランド価値へ接続していくことにあります。私たちは、この一連の設計思想を「サステナビリティブランディング」と呼んでいます。
今回の取り組みでは、東急不動産が主体となって「勝浦市藻場保全対策協議会」を組成し、ドローンやAI解析を用いてブルーカーボンの変化を測定・可視化し、Jブルークレジット認証へと結びつけました。
さらに、「駆除した魚を捨てず、食を通じて循環させる」という「勝浦ブルーバーガー」の物語を重ねることで、環境保全を単なる理念に終わらせず、生活者が自ら関与できる体験へと転換。環境価値の可視化と地域課題の解決、さらに体験価値を有機的に結び合わせることで、社会性とを両立する新たなモデルへと昇華させています。
――一般的な広告やPRと、サステナビリティブランディングはどこが違うのでしょうか。
田中:広告やPRは、対象とするモノ・コトをどうターゲットに訴求し、アテンションをとるかに重心が置かれることが多いと思います。もちろんそれも大切ですが、サステナビリティブランディングでは、その前段が重要になります。
サステナビリティの発信では、実態と表現の距離が近いことが欠かせません。実装し、測定し、第三者性をもたせ、表示・発信する。この順序が崩れると、いくら表現が魅力的でも信頼にはつながりません。企業が何を目指しているのか。事業としてどう成立させるのか。誰を巻き込み、どのような根拠をもって語るのか。そこまで含めて設計する必要があります。
PwCの特徴は、表現やPRだけでなく、パーパス、事業戦略、環境価値、制度対応、さらには生活者体験までを横断的に設計できる点にあります。環境領域の専門家、戦略コンサルタント、マーケティング人材、データ・開示の専門家が連携しながら伴走することで、“サステナビリティを事業として成立させる構造”まで踏み込める。それが私たちの強みです。
実際、多くの企業では、「開示しても投資家評価につながらない」「環境配慮コストを価格へ転嫁できない」「現場に浸透せず実行が進まない」「専門性が高く社会や顧客に伝わらない」といった“SX推進の壁”に直面しています。PwCのサステナビリティブランディングは、そうした課題を、付加価値化や競争優位性、さらには社内外への浸透という観点から乗り越えていくためのアプローチでもあります。
白倉:東急不動産としては、ブルーカーボンに取り組みたいという思いはありましたが、専門的な知見やネットワークが十分にあったわけではありません。PwCコンサルティングには、全体の進め方から協議会設立時のルールメイク、申請書類の表現、人脈の紹介、PR機会の設計まできめ細かく支援していただきました。取り組みを進めるうえでのエンジンになっていただいた感覚があります。
田中:PwCには環境分野で現場を知り尽くした有識者も多く、また社内メンバー間の共創を歓迎するコラボレーションカルチャーが根付いています。本プロジェクトもネイチャーポジティブ・ブルーカーボンの有識メンバーとスピーディーに連携し東急不動産が環境先進企業としてどうリーダーシップを示すか、ステークホルダーを巻き込むかという構造も設計していきました。
“遠い正義”を、味わえる体験に変える
――環境保全の取り組みを、なぜ「勝浦ブルーバーガー」という食の体験に落とし込んだのでしょうか。
田中:ブルーバーガーは、環境メッセージを伝えるための話題づくりとして生まれたものではありません。まず、勝浦でどのような事業を続けたいのか、地域の課題に企業としてどう向き合うのかを整理し、そのうえで生活者が実際に触れられる形として行き着いたものです。
サステナビリティは専門的で、社内外に伝わりづらい活動になりがちです。それゆえに、環境課題を「分かる・伝わる・使える価値」に翻訳し、事業戦略やブランド戦略と接続する必要がありました。
前提にあったのは、環境保全を“遠い正義”ではなく、“身近な体験”に変えること。そしてローカルを大事にする企業としてのあり方を追求することでした。独特のカッコよさのある勝浦の海を眺め、潮風を感じながら「自分も少し関わっている」と思える接点をつくりたい。そうして導き出されたのが「食」であり、未利用魚を循環させるブルーバーガーです。
――メニュー開発では、どのような工夫があったのでしょうか。
白倉:今回活用しているブダイは、食べられない魚ではありません。ただ、鱗が非常に固く、処理が大変なことや、海藻を食べる植食性魚類は処理によっては臭みが出やすいことから、これまで未利用魚として扱われてきました。その難点を、漁協や地元の食品加工業者の皆さんの協力を得て克服し、おいしく食べられる食材として活用できています。
メニューは最初に4種類ほど試作し、その中から勝浦のソウルフードである「さんが焼き」をベースにしたものと、現場のオペレーション負荷を考えたときにつくりやすい「照り焼き」の2種類を選び、現場でアレンジを加えていきました。
田中:体験設計で重視したのは、キャッチーでありながらも、「ちゃんと美味しい」こと。勝浦タンタンメンに続く、新たな地元のソウルフードとして根付くことも目指したいと考えていたからです。そして、この勝浦ブルーバーガーがそもそも「なぜ生まれたのか」を食べていただく方に伝えることでした。全国の人気フィッシュバーガーショップに実際に足を運び、味や見た目、食べやすさ、サイドドリンクまで、東急不動産グループらしい遊び心や先進性、勝浦の実直さやホスピタリティを意識して、一つひとつ落とし込んでいきました。そして、実際に提供する際には「勝浦ブルーバーガー」が生まれた背景を伝えるミニポスターや絵本風のパネルを付近に展示することで、勝浦エリアのブルーカーボン取組啓蒙にもつなげていきました。
行動変容には、理解だけでなく参加しやすさが必要です。バーガーを選び、食べ、展示を回り、小さな海藻をもち帰って育てる。その日常的な流れ全体が、認知変容と行動変容のプロセスだと考えています。
信頼、共感、経済をつなぐブランドへ
――取り組みを通じて、地域や来訪者の反応にはどのような変化がありましたか。
白倉:9月のイベントに対するアンケートでは、来場者の約8割が活動に関心を示されました。10月上旬からは、ゴルフ場のランチメニューとして数量限定で提供を始めましたが、ゴルフをしない方が「ニュースを見た」「バーガーを食べたい」とレストランに来てくださることもあります。また、来訪者だけでなく、行政や漁協など関係者が一枚岩となって活動を推進するうえでも、ブルーバーガーは有効なツールとして機能していると感じています。
今では、会員制のホテルでもミニバーガーや黒酢あんかけをつくるなど、調理人の創意工夫による未利用魚の価値付けも始まりました。試行錯誤が活発になり、ブルーバーガーが地域課題を共有するコミュニケーションツールとして機能しているのは心強いですね。
――企業ブランドへの影響はどう見ていますか。
白倉:これまで、勝浦の取り組みが環境文脈で語られる機会は限られていましたが、ブルーバーガーの発信以降は、東急不動産の環境先進の文脈と合わせて勝浦を取り上げていただく機会が増えました。この取り組みが、ネイチャーポジティブといった言葉と一緒に取り上げられることで、当社の環境経営に対する姿勢が対外的に印象づけられた結果となっています。テレビCMなど広告媒体を通じて企業ブランドの発信も行っていますが、ブルーバーガーのような分かりやすくキャッチーな発信は、より訴求効果が高いと考えています。
――今後、この取り組みをどのように広げていきたいと考えていますか。
白倉:ブルーカーボン推進と植食性魚類の駆除と活用、ブルーバーガーの安定供給を拡充し、地域事業者として勝浦市の皆さんとwin-winになる環境創出を目指していきます。
そのほか、勝浦と同様に地域に根差しリゾート事業に取り組む長野県の蓼科では、地域材を活用した循環型サイクルの実現を目指す地域共創プロジェクト「蓼科カラマツ」を始動しています。このように、私たちがリゾート運営を行っている地域ごとの課題と向き合い、十分に価値が見出されてこなかったものに新たな価値を与え、地域の魅力向上とネイチャーポジティブな事業を両立させていく。将来的には新たなキャッシュポイントにつなげることも視野にあります。
田中:今回のポイントのひとつは、ブルーバーガーそのものを横展開することではなく、「体験×環境」という考え方にあります。食でも、音楽でも、イベントでも、施設でもよい。環境課題を生活者が触れられる「体験価値」に翻訳できれば、他地域や他事業にも応用できる可能性があります。勝浦の取り組みは、東急不動産ホールディングスグループが掲げる「体感型サステナブルリゾート」の象徴的な一手として位置付けられるのではないでしょうか。
――サステナビリティ経営が求められるなかで、ブランディングの役割はどう変わっていくのでしょうか。
田中:これからのブランディングは、単に「取り組みを伝える」ものではなく、事業そのものを設計する機能をもつようになると思います。特にサステナビリティ領域では、自然資本やカーボンの価値を測れる状態にすること。第三者性のある認証やデータによって信頼できる形にすること。そして、それを生活者の体験にまで翻訳すること。この3つがそろってはじめて、経営として持続可能な取り組みになります。
サステナビリティ部門だけで活動が閉じてしまう、事業部門がビジネスとの接続を見出せない、環境先進企業としての姿勢をどう示せばよいかわからない。そうした課題をもつ企業は少なくありません。
そこで重要になるのが、中期経営計画や事業戦略と接続し、社会価値と事業価値を両立するストーリーを描き、それを体現するモノ・コトまで設計することです。PwCのサステナビリティブランディング支援サービスでは、“伝わりづらい活動”を、自社事業と社会を動かす“意味のある価値”へ変えていくための支援を行っています。翻訳し、構造化し、関係者を巻き込みながら、経営戦略を社会に実装していく。その伴走が、私たちの役割だと考えています。

勝浦ブルーバーガーは、藻場保全という専門的な環境課題を、地域の人や来訪者が手に取り、味わえる体験へと変えた。それは環境を語るだけでなく、社会のなかで動かすための設計でもある。勝浦の海から始まったこの挑戦は、サステナビリティを事業価値へ変えるための一つのモデルケースとなりつつある。
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しらくら・こうき◎東急不動産 ウェルネス事業ユニット リゾート事業本部 リゾート事業部 リゾート事業グループ グループリーダー。リゾート施設の企画・運営をはじめ、地域資源を活用した滞在価値の向上や新たな観光体験の創出に従事。ウェルネスやワーケーション、地域共創を軸に、時代に即したリゾート事業の開発とブランド価値向上を推進している。
たなか・ゆうこ◎PwCコンサルティング マネージャー。九州大学卒業後、メディア関連会社にて法人営業を経験し、その後、大手広告代理店へ。行政、流通、不動産、金融、エンタメ業界など120社以上のマーケティング戦略設計を支援。現職では、企業のサステナビリティ領域に特化し、ブランディング・マーケティング戦略の高度化、新規事業構想を推進。あわせて、コンテンツ開発およびコミュニケーション設計として、国際会議における展示企画、環境PRコンテンツ、TNFDレポート等の対外開示、投資家・ステークホルダー向けコミュニケーションの企画〜実装まで一貫して支援。



