蒸気機関の発明が産業革命を起こし、資本を生み出す中心が「肉体労働」から「知的労働」に置き換わったように、AIの進化もまた新たな変革をもたらしている。そんな新時代におけるリーダーに求められる能力とは。
『知性の罠 なぜインテリが愚行を犯すのか』の著者デビッド・ロブソンに聞いた──。
AIをめぐる議論では、しばしば「AIは人間より賢いのか」という問いが先行します。ですが、私が本当に重要だと考えているのは、賢さそのものよりも、その賢さをどう使うかという問題です。計算能力や記憶容量、論理的推論の速さという意味での“知能”において、AIはすでに人間を大きく上回る局面に入っています。しかし、それがそのまま“合理的である”ことを意味するわけではありません。AIは人間が生み出した膨大な言語や判断の蓄積をもとに訓練されている以上、人間社会に埋め込まれた偏見や思い込みといった認知バイアスから自由にはなれないからです。
AI時代に必要な人間の姿勢
むしろ、AI時代にこそ人間の判断は重要になります。なぜならAIは、使う人の問いの立て方や期待に強く影響されるからです。人は容易に、AIを「真実を探す道具」ではなく、「自分の考えを補強する道具」として使ってしまいます。そこにあるのは自身の意見を肯定する情報のみを集め、反証する情報は排除してしまうという確証バイアスであり、さらに言えば“動機づけられた推論”です。だからこそAIの答えに感心することではなく、自分の限界を知り、答えを疑い、問いを深める姿勢が必要なのです。
組織においても、論点は同じです。AIを導入するかどうかより、どういうルールと透明性のもとで使うかが決定的に重要になります。ある社員は深くAIに依存し、別の社員は人間の判断を重視しているのに、両者の成果物が同じ重みで流通してしまえば、意思決定の質は見えなくなります。だから私は、AIを使った仕事はその事実が明示されるべきだと考えています。さらに、AIの出力を新しいデータと同じように検証する習慣が必要です。それは信頼できるのか。ほかの情報源で裏づけられるのか。どこに弱点があるのか。AIは魔法ではありません。強力なツールであるほど、厳格な吟味が欠かせません。
とりわけ私が重視しているのが、知的謙虚さです。これは、自分が何を知らないかを知っている状態であり、間違いを認め、必要なら助けを求め、判断を更新できる力でもあります。興味深いのは、心理学の研究が、こうした謙虚さは自信を損なうどころか、むしろ本物の自信として周囲に伝わることを示している点です。知らないことを知っているふりで覆い隠すリーダーよりも、限界を認めたうえで学ぼうとするリーダーのほうが、組織に誠実さと安全性をもたらします。AI時代のリーダーに残る価値も、まさにそこにあります。
データ処理や一定の分析はAIに委ねられるでしょう。しかし、ビジョンを描き、人を動機づけ、異論を歓迎し、対立を建設的な議論へ変え、共感をもってフィードバックを返す力は、なお人間の核心的な役割だと私は思います。特に重要なのは、批判を消すことではなく、批判を成長の機会として扱える文化をつくることです。
組織が崩れるとき、その前段階で表れていた小さな違和感や異常の兆候が見過ごされていることが少なくありません。誰もが懸念を口にできる環境がなければ、合意は健全なコンセンサスではなく、危険なグループシンクに陥ってしまうのです。ですから、表面的な調和より、健全な摩擦を許す設計のほうが、AI時代にははるかに重要になります。



