20年前の中国延辺の光景に似ていた
その朝鮮族の多くが中国東北三省(遼寧省、吉林省、黒龍江省)から来た人たちであることがわかるのは、大林や加里峰にある店で供する料理の多くが、それらの当地のものであるからだ。
たとえば、韓国で「ヤンコチ」として定着した羊肉串(中国語はヤンロウツァン)やもち米入りの腸詰めソーセージのスンデ、冷麺、炊き込み鶏ご飯のタッコムなどがそうだ。これは日本のガチ中華でも供されている「延辺朝鮮料理」なのである。
さらに、看板の多くに店主の出身地と思われる中国の地名が書かれていて、何軒かの人に尋ねたところ、まさに経営しているのはそれらの土地の出身者だった。
ハルビンや牡丹江(黒龍江省)、吉林、長白山(吉林省)、瀋陽、西塔、鉄嶺(遼寧省)などの地名も目にしたが、圧倒的に多いのは、中国で最も多く朝鮮族が住む吉林省延辺朝鮮族自治州(以下、延辺)の中心都市の延吉で、他にも同州の和龍、龍井、図們、琿春などがあった。これらの町は北朝鮮やロシアとの国境に近い場所にある。
なかでも面白かったのは加里峰で見た「金三角」という名の店である。実は、これはタイ・ミャンマー・ラオスの3カ国がメコン川で接する国境地帯が「ゴールデントライアングル」と呼ばれるように、極東に位置する中国とロシア、北朝鮮の3カ国が交わる国境(英語名はそのまま「ゴールデントライアングル」)の名称だと思われる。
これらの地名を店に掲げることは、地元の韓国の人にはピンとこないかもしれないが、韓国で暮らす朝鮮族にとって、同郷人の郷愁を誘うこともそうだが、お互いの協業や人材の獲得を呼びかけるメッセージになっているのだと思う。
この延辺を舞台にしたシンガポール人監督の映画について「中国北方の凍りつく冬と傷つきやすい若者を魅惑的に描いた映画『国境ナイトクルージング』」というコラムで紹介したことがある。
筆者はこれらの町をすべて訪ねたことがあり、ソウルにいながら店主たちとご当地話を楽しめたのは愉快だった。韓国に来ているのに、まるで中国旅行のような気分になった。
冒頭で筆者が述べた「中国の一地方の光景」とは、延辺だったのである。だが、それは現在の延辺というより、20年前くらいのこの地の光景に似ていた。というのも、現在の延辺は中国全体の経済発展によって、大林よりずっとあか抜けているともいえるからである。
こうした海外に渡った居住先よりも、この30年で故郷のほうが発展してしまうというようなことは、とりわけ今日の中国籍の移民たちにとってよくあることだと思う。それは日本にいる人たちにも同じ思いがあるかもしれない。
これまで筆者は東京を中心にガチ中華の多い、いくつかの街を訪ね、その出店状況を観察してきたが、大林や加里峰のように、街区ごとぎっしりとガチ中華の店に埋め尽くされているような場所は日本にはないため、正直驚いた。これは確かに「チャイナタウン」と呼びうるのだろうと思う。
ではなぜこの30年で韓国にこのような街が生まれたのか。その社会的背景について考察することは、今後の課題とさせてもらうほかないが、日本のガチ中華タウンとのもう1つの違いは、中国各地の地方料理のバリエーションという観点でみると、韓国は日本ほど多様ではないことだ。
それだけ日本に中国のさまざまな地域から来日した中国籍の人たちが住んでいるのに対し、韓国では先に述べたように65パーセントは朝鮮族であることから、彼らの供する料理が多くなるのは自然のことなのだろう。


