中学の頃は、一回二万円でホテルに行っていた
真央さん(仮名・三十代)が夜の世界に足を踏み入れたのは、中学生の時だった。両親共に医者の家庭で育ったが、両親の関係が悪化。父親が家を離れ、母親は新しい彼氏をつくり、真央さんと三人での同居生活が始まった。
母親や新しい彼氏から虐待を受けるようになり、とても家の中に居られる状況ではなかったので、夜の繁華街をさまよい歩き、声をかけてきた男性とホテルに行く、ということを繰り返した。
「中学の頃は、一回二万円でホテルに行っていました。郊外の街なので、そのくらいの金額が相場なのかなと思っていました。そこからおじさんとパパ活のような関係になって、毎月お金をもらって会う、という流れに持っていくことが多かったです。出会いの手段としては、mixi(ミクシィ、SNSの草分け)や「前略プロフィール」(学年や住んでいる地域、趣味などの自分のプロフィールをインターネット上で公開できるサービス)を使っていました。帰るところがなかったので、男性の家に泊めてもらうこともありました。
また当時(二〇〇〇年代半ば)は、未成年で身分証がなくても働けるお店があったので、そうしたところで働いてお金を稼ぐこともありました。年齢的にはまだAVに出られなかったので、新宿でふらふらしていた時に出会ったスカウトからの紹介で、着エロのDVDに出演したこともあります。十代の女の子がマイクロビキニを着て、際どいポーズを撮影されるような仕事ですね」
「やさしい」おじさんたち
絵に描いたような「夜の街を彷徨(さまよ)う、未成年の家出少女」だったが、行政の福祉制度や民間の支援団体には、一切つながっていなかった。両親共に医者という家庭で、社会的にも経済的にも福祉的な支援にはつながりづらい環境だったことに加え、家庭の問題で悩んでいる子どもが匿名で相談できる窓口についても、存在自体を知らなかったので、「誰かに相談する」という選択肢自体が思い浮かばなかった。
「たまたま、おじさんたちに良い人が多かったので、それで大丈夫でした。中学から高校まで、一応学校には行っていたので、夜男性の家に泊まって、そこから登校することもありました。
男性の年齢は二十代から六十代まで様々で、大学生くらいの人もいました。私がご飯を作ったり、相手から作ってもらったり。いずれも良い人が多かったので、特にトラブルはなかったです。
私のような女性を家に泊める動機は…毎日そういう行為ができるから、だと思います。その都度、お金はきちんともらっていました」
高校卒業後、看護の専門学校に進学。専門学校の学費は、これまで自分で稼いだお金で全額支払った。
「看護の専門学校はAO入試で、名前を書けば入れるところでした。人のためになる仕事がしたかったので、看護師はいいなと思って。親が医者という影響もあると思います。


