誰もが自分の名前で働ける社会を実現するために
佳菜子さんは、「自分の名前で呼ばれて仕事をして、やりがいを感じたい」「源氏名を使って作られた世界観の中で演技をするのではなく、これから先は本名で働きたい」と語っている。
性風俗の世界では、女性は本名ではなく源氏名で働く。仕事で得た評価は源氏名の自分に対するものであるため、本名の自分の評価にはつながらない。
労働という観点から見ると、性風俗は、労働と遊び、労働と恋愛、労働と症状の境界線を曖昧にした仕事である。曖昧であるがゆえに、責任を負わずに済むし、何かあればすぐに「飛ぶ」ことができる。そして本名を使わずに働くことができる。仕事で嫌なことや失敗することがあった場合でも、傷つくのは「源氏名の自分」であり、「本名の自分」は一切ダメージを受けずに済む。
客観的に見れば、性風俗はいかにも心身が傷つきそうな仕事に思えるが、それまでの人生で、他者や社会から様々な傷を負わされてきた当事者にとっては「これ以上、自分を傷つけずに働ける場」になっていると言える。それゆえに、通常の労働から疎外された人たちを包摂できる、というわけだ。
しかし、働くということは、他者や社会の中で揉まれて、傷を負いながらも成長していくことだ。自分が傷ついたとき、他者を傷つけてしまったときに、そうした現実と逃げずに向き合い、どのように振る舞って行けばよいかを考えて、試行錯誤していくことが求められる。
性風俗の世界という自分を傷つけずに働ける場で過ごした期間が長くなればなるほど、通常の労働に戻ることは困難になっていく。
彼女たちが源氏名で働かざるを得なかった理由である就労を妨げる個人的・社会的な原因を分析し、それらを1つ1つ解消していくことができれば、誰もが自分の名前で働き、経済的・精神的に自立できる社会を実現するためのロードマップが見えてくるはずだ。
坂爪 真吾(さかつめ・しんご)◎1981年新潟市生まれ。東京大学文学部卒。大学卒業後、障害者の性問題の解決に取り組む非営利組織・ホワイトハンズを設立。2015年、性風俗で働く女性のための無料生活・法律相談事業「風テラス」を開始。夜の世界で孤立・困窮している女性たちを、SNSでの情報発信やアウトリーチを通して弁護士とソーシャルワーカーの相談につなぐ仕組みを整備し、9年間で延べ1万人以上の女性に支援を届ける。


