対照的に、修復が拒絶された場合は、以下のような態度や言葉となって現れる。
・皮肉
・あきれて目をそらす
・非難をエスカレートさせる
・無視
・小馬鹿にしたような謝罪
・話し合いの拒否
パートナーにこの特性が備わっているかどうかを確かめるには、次に軽い意見の相違が生じたとき、相手を注意深く観察してみるとよい。小さな修復(たとえば、口調を和らげる、謝る、一時停止を求める、ユーモアを交えるなど)をこちらから投げかけてみて、パートナーがそれを受け入れるか、あるいは拒絶するのかを観察するのだ。双方がお互いの「安全なベースライン」を守ることの大切さを痛感し、真に健全な人間関係を築くためには、衝突のエスカレートを抑えることは不可欠なプロセスなのである。
これらの特性を持つパートナーが重要な理由
これら2つのサインは、互いに作用し合って強力な効果を発揮する。人生の方向性が一致していれば、そもそも致命的でリスクの高い衝突を経験する頻度が劇的に減る。もちろん完全にゼロになるわけではないが、いざ衝突が起きたときにも、それを過度に恐れずに済むようになる。一方で、「修復の受け入れ」をするかどうかは、避けられない衝突が最終的に解決するのか、あるいはしこりを残すのかを決定づける。
重要なのは、ここで紹介した2つのサインのどちらも、日々の生活の中で実際に観察できるという点である。それらは漠然としたロマンチックな理想論でも、単なる性格のラベルでもない。日々の会話や意思決定、あるいは緊張が高まる瞬間の端々に、その兆候ははっきりと現れる。
もちろん、相性が良いからといって、パートナーと完全に瓜二つである必要はない。核心にある目標がそれなりに調和している限り、2人はいくらでも共に成長し、話し合い、進化していくことができる。同様に、関係を修復するスキルは後天的に学べる行動であり、生まれつき備わっているか、あるいは一生欠落しているかというような、先天的な才能ではない。
たった一度の激しい口論や、一度の修復の失敗が、関係の終わりを意味するわけではない。それが常態化し、和解や妥協が常に苦痛を伴うようになって初めて、それは危険信号となる。結局のところ、長期的な愛というものは、何年、何十年が経っても、お互いにとって安全で、安定しており、愛に満ちていると感じられる人生を共に築いていこうと、双方が絶えずコミットし続けられるパートナーの間でしか育めないものなのだ。


