初夏の浅間山が、まだ少し雪を残した稜線を見せていた。晴山ゴルフ場の1番ホール、朝のひんやりした空気のなかで、参加者たちはまずカートのそばに置かれた緑色のキッチンカーへ向かう。RALPH'S COFFEE。クロワッサンとマフィンを片手に、初対面の四人が「今日はよろしくお願いします」と笑い合う。ラウンドが始まる前から、もう交流は始まっていた。
晴山ゴルフ場は1961年開場。軽井沢駅にもっとも近く、いまの軽井沢の中心と呼べる場所に広がる18ホールだ。昨夏には建築家・坂茂が手がけたクラブハウスがリニューアルオープンし、コースそのものを「開かれた社交場」へと衣替えしている最中だという。
Forbes JAPAN SALONとラルフ ローレンによる特別企画、「THE SPORTING LIFE RETREAT」。集まったのは、スタートアップを率いる経営者を中心とした32名である。

ラルフ ローレンが掲げる「A SPORTING LIFE」という言葉がある。スポーツを、フィールドの境界やゲームのルールに閉じ込めない。動くことで人と人がつながる、その時間そのものを生き方として捉える哲学だ。
強さと優雅さ。汗と洗練。本来なら混ざりにくいものが、ここでは同じ一日のなかに無理なくおさまっている。
グリーンが、名刺代わりになる
ゴルフは不思議な競技だと思う。
四時間以上、同じ四人が芝の上を歩き続ける。会議室の対面なら一時間で疲れてしまう距離感が、なぜか屋外だと続いてしまう。ボールを探しながら世間話をし、ナイスショットを一緒に喜び、OBを一緒に嘆く。いつのまにか、深く話したわけでもないのに人柄が見えてくる。
ある参加者は、ゴルフを始めたばかりだと打ち明けてくれた。道具もウェアもまだ揃っていない。それでも今日のために選んだのはラルフ ローレンだったという。「ラルフ ローレンなら、間違いないかなと思って」。理由を聞くと、少し照れたように笑った。正解を選びたいときに人が手を伸ばすもの。そこにブランドの強さがあるのかな、とふと思う。
コースには、いくつかの仕掛けが用意されていた。OUT3番のドラコン、IN11番のニアピン。そしてOUT8番の「ワンオンチャレンジ」。
ここではすでに7ホールをともにプレーしてきた同伴者たちが、軽口を飛ばし合っては笑顔を浮かべ、お互いのショットに声援を送るチームができあがっていた。ワンオンに成功した人には、その場でRALPH'S COFFEEのドリップバッグが手渡される。
ピンにいちばん近づける必要はない。グリーンに乗れば、それだけで全員で喜べるところがいわゆるニアピンとはまったく異なる。誰かと競うより、同じ時間をいっしょに味わうこと。ラルフ ローレンが「A SPORTING LIFE」と呼んでいるのは、たぶんこういう一日のことなのだろう。
「服を選ぶことは、人生の姿勢を選ぶこと」
ラウンドを終えた一行は、車で30分ほどの「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」へ移動する。浅間山の麓に建つ、森のなかのオーベルジュだ。プリンスホテルの大浴場で汗を流してから合流する人もいた。
会場の入口脇のカウンターには、先日発売されたラルフ ローレンのキャットウォークブックが一冊置かれていた。歴代のコレクションをたどれる厚い本だ。ページをめくると、ずいぶん前の年代を開いても、いま開いているページと地続きに見える。流行が移り変わる中で、いつの時代も同じ価値観を別の形で言い直してきた、ラルフローレンのスタイルを表した一冊。
驚くのは、30年、40年前のルックが、まるでいまのラルフローレンの提案と言われても信じてしまいそうな、そのエレガンス。古びる流行と、古びない様式。その違いが、紙の上に半世紀分積み重なっていた。
開会の挨拶においてラルフ ローレンは、創業者の言葉を引いた。「スタイルとは、あなたが誰でありたいかを語るもの。服を選ぶことは、人生の姿勢を選ぶこと。そして、挑戦し続ける人の生き方そのものが、いちばん美しいスタイルなのだ」と。
その言葉を受け取るように、トークセッションが始まった。タイトルは「人生を豊かに生きる美学」。登壇したのは、パーソルイノベーション代表取締役社長の大浦征也と、ABABA代表取締役社長の久保駿貴。久保は2024年のForbes JAPAN 30 UNDER 30を受賞した起業家である。

豊かさとは何か。その問いに、二人の答えはどこか似た方へ向かっていった。
久保はまさにその日の朝に乗ったタクシーの話をした。車内にショパンが流れていた。ピアノを長く弾いてきた彼がもっとも好む作曲家だった。驚いてなぜショパンなのかと運転手に尋ねると、「軽井沢の雰囲気を味わってほしくて、自分の携帯から流しているんです」という答えが返ってきたのだという。
「時間の長さではなくて、その人の気持ちや背景を感じられること自体が豊かなんだなと」そう久保がしみじみと語る様子は、久保が受け取った豊かさがいかに心の奥深くに届いたのかを伺わせるものだった。
大浦は「里山」という言葉を選んだ。山と里のあいだにある緩衝地帯のことだ。「森のなかでひらめいてビジネスに役立った、というシャープな話はないんですが」と前置きしてから、こう続けた。
仕事とも遊びとも言いきれない、半分プライベートで半分仕事のような場所。東京では会わないだろう人と、そういうグレーな場所で思いがけず出会う。白か黒かをつけるより、あいだのグレーが難しく、面白い。今日のゴルフのような時間こそ、その里山なのだと。
自然体と、美しいスイング
軽めに用意されたコースのメニューは、信州の食材を生かした全四品。八千穂高原のサーモン、薪で焼き上げたプレミアム牛のフィレ。フィッシュアンドチップスに見立てたヒラメのムニエルには、料理人の遊び心がのぞいた。
トークセッションの締めくくりに、二人は自身の「スポーティングライフ」を一言で表すよう求められた。
久保が選んだのは、「美しいスイング」だった。フルスイングではなく、美しいスイング。毎日を全力で振り抜くことも大事だが、自分が離れたほうが組織はうまくいく瞬間もある。頑張りすぎないことも、経営者の仕事のうちなのかもしれない、と。
大浦の一言は、「自然体」。前半のスコアが悪かった理由を、彼はこう振り返った。「打っても打ってもグリーンの奥にこぼれる」。軽井沢は標高が高く、いつもより球が飛んでいたのだ。
「普段どれだけ重力に引っ張られているか、ここに来て気づくんですよ」。ストレスや引力に引っ張られず、自然体でいること。それが彼のスポーティングライフだった。
何を豊かと呼ぶか
デザートまで運び終えたころ、ドラコンとニアピン、そして優勝者の表彰がおこなわれた。賞品は、ラルフ ローレンのタンブラーとトートバッグ。ドラコンを制したのは、奇しくも壇上の久保だった。会場が沸く。
会場を歩きながら、起業家たちの話に耳を傾けていて思う。大浦の言った「らしさ」や「自然体」も、久保のショパンの話も、どこか同じ方を向いていた気がする。何を心地よいと感じ、どんな時間を豊かと呼ぶか。その基準のほうが、肩書きやスコアより先に、その人らしさをかたちづくっているのかもしれない。スコアの話と地続きのまま、いつのまにか生き方の話になっていた。
入口で開いたキャットウォークブックを思い出す。あのページに並んでいたのも、服であって、服だけの話ではなかった気がする。何を正解とし、何を心地よいと感じるか。ラルフ・ローレンの「服を選ぶことは、人生の姿勢を選ぶこと」という言葉が、時間をかけて、ゆっくり腑に落ちてきた。

朝、キッチンカーの前で挨拶を交わしたあのときは、まだお互いが他人だった。それが、もう今日のスコアを笑い話にできる仲になっている。豊かさとは、案外こういう一日の積み重ねのことを言うのかもしれない。



