「非常識」を「別の正解」に変える
現在、私は日本市場に関心を持つ外国企業の参入支援に携わっている。現場で日々直面するのは、高度なビジネスロジックではなく、もっと泥臭い「感情表現の前提」の衝突だ。
日本人の「感情を表に出さず、空気を読む」姿勢を、「落ち着いている」と好意的に解釈する外国人もいれば、「何を考えているか分からない」と不安を覚える人もいる。少なくとも私が関わったベルギーやフランスの現場では、「空気を読む」よりも言葉で伝えることが重視されていた。頭ではわかっていたが、現場では「嬉しい」「困った」という感情を日本の何倍も大げさに表現しなければ、1ミリも伝わらなかった。
逆に、彼らのストレートな言葉に傷ついた時期もあった。しかし深く付き合ううちに気づいた。彼らは感情をぶつけているのではなく、次の瞬間にはケロッと忘れている。ただ、そういうOSで生きているだけだ。
このズレを知ってから、私はあえて自らのOSを相手に同期させるようにした。おかしなことはその場で指摘し、成功は過剰なほど褒める。日本にいた頃より何倍もの精神的カロリーを消費するが、この「感情の翻訳」をサボらなくなってから、対話の質は劇的に変わった。それは単なるコミュニケーション術ではなく、信頼関係の土台を作る行為だと今は確信している。
人口減少と内需縮小が続く日本において、市場を外に求めることはもはや選択肢ではなく前提だ。しかし本当に必要なのは、英語力でも異文化研修でもない。相手のOSを「非常識」ではなく「別の正解」として受け取れるかどうか、それだけだ。
アンラーニングとは、これまでの自分を否定することではない。自分の前提が「唯一の正解」ではなく「前提の一つ」だと気づくこと。その一歩を踏み出せた人間だけが、グローバルな現場で本当に機能し始められるのかもしれない。
雨宮百子(あめみや・ももこ)◎編集者。日本経済新聞社で記者としてスタートアップや労働市場を取材。その後、日経BP(旧・日本経済新聞出版社)で60冊超のビジネス書編集に携わる。2022年にベルギーへ渡り、ルーヴァン・カトリック大学経営大学院(LSM)で欧州ビジネス・経済政策を学ぶ。現在は日本とベルギーを拠点に、欧州企業の日本進出支援や企業のインナーブランディング、執筆活動を行う。


