生産性だけが正義なのか ベルギーで気づいた、日本人の“働き方OS”

私が二拠点生活を続けるベルギーの街並み

アンラーニングとは「捨てる」ことではない

2022年、私は大手新聞社を辞め、ベルギーのルーヴァン経営学院へ社会人留学をした。それまでビジネス書の編集者として60冊以上の本を作り、「もっと効率的に」「高い目標を持とう」というメッセージを疑いなく世に送り出し、自分自身の人生にも適用してきた。しかし、コロナ禍がきっかけで、外に出ることにした。

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この、自らの前提を疑い、学びほぐすプロセスこそが、近年ビジネスの現場で頻繁に使われるようになった「アンラーニング(学習棄却)」の本質だと気づいたのは、現地に渡ってからのことだ。

一般的にこの言葉は、古い知識を新しい知識で上書きすることだと理解されがちだが、それは半分しか正しくない。知識の更新だけなら研修で済むからだ。

本当の問題は、新しい知識を入れようとしても、既存の前提がフィルターとして機能し、都合のいい解釈に変換してしまうことにある。だからこそ、順番が重要だ。まず自分の「当たり前」に気づくこと。そしてそれを、絶対の正解だと思わないこと。そこから初めて、相手の論理が見えてくる。

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象徴的な体験がある。

大学の教授やフランス人にメールを送ると、数週間、ときに1カ月近く、返ってくるのは自動返信メールだけだった。最初は「見落とされたのか」と思い、再送した。しかしそうではない。彼らは本当に、その期間、完全にオフだった。この間は何も進まない。進めようとすること自体が、場違いだった。日本では考えられない感覚だった。

決定的だったのは、ベルギー人の家族と過ごした2週間のバカンスだった。まず、2週間も休みなどとったことがなかった。何をしたらいいのかわからなくなり、手持ち無沙汰になった私がパソコンを開いて仕事をしようとすると、「バカンスなのに、そんなに大変なの?」と本気で心配された。天気がいいからと外のテラスへ連れ出され、コンセントがないままバッテリーが切れた瞬間、否応なく仕事を終えた。

そのとき初めて気づいた。

「空いた時間は有効に使わなければならない」という感覚を、私は疑ったことすらなかったのだと。スキマ時間を埋めていたのは生産性のためではなく、空白への不安からだったのかもしれない、と。この体験の積み重ねは、2026年4月『「仕事に最適化された思考」を手放す やめることリスト』(大和書房)という一冊の本に結実した。

フランス南西部に位置する「Dune du Pilat」 (ピラ砂丘)で真夏の太陽を楽しむ人たち
フランス南西部に位置する「Dune du Pilat」 (ピラ砂丘)で真夏の太陽を楽しむ人たち
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文・写真=雨宮百子

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