──日本企業はAIが起こす変化をとらえて成長につなげられるでしょうか。
安野:利活用に関してはポジティブにとらえています。日本人や日本企業の言語運用能力は高くて、AIと言語でコミュニケーションを取って使いこなせるという意味ではチャンスが大きい。もともと日本の強みは現場力とすり合わせ能力。ITエンジニア以外の人材もソフトウェアをつくれるようになれば、オペレーションのすり合わせも高いレベルでできるようになると思います。
松尾:僕もポジティブにとらえていいと思います。「日本の勝ち筋はあるか」「課題は何か」と質問されることが多いのですが、やらない理由は何もないのでとにかくやりましょう。課題を聞くのは、やらない理由探しです。ヨーロッパで内燃機関が発明されたときに「日本で開発を進めるための課題は何か」と議論しているようなもの。もちろん、前に進めるにあたって難しいことはいろいろあるけれど、エンジンができたら船のモーターや農業機械、さらに車もつくれるかもしれないのだから。不安になる前にまず行動しましょう、ということです。
安野:松尾研では、口だけのことを言うとめっちゃ怒られます。「いいアイデアだね。で、なんでやらないの?」って(笑)。
松尾:そのかわりリーダーこそ動かないとダメです。松尾研は「僕も戦うし、あなたたちも戦ってね」というスタンスで、僕から何か教えるつもりはない。そのうちみんな僕に相談しても無駄だとわかってきて、動く人は動くようになります。
人間とAIを区別すべきか
──組織のマネジメントはどのように変わりますか。
安野:僕が最近よく考えているのは人とAIが混在した環境のマネジメントです。今チームみらいではSlackにAIエージェントが何体か生息していて、仕事を処理してくれています。組織のなかで一定の自律性をもって仕事をしてくれる存在が人間以外にも増えてきたときに、人間とAIを区別しなくてもいいワークフローにするのか。それとも別にするのか。AIがいきいき働ける環境をどうつくるかというハーネスエンジニアリングが注目されていますが、人とAIが混在する組織をどうマネジメントするのかは、同じ問題を別々の角度から解くようなもの。僕もまだ答えは見えていません。
松尾:コーディング分野では、以前はコードがごちゃごちゃした部分を一定期間ごとにつくり直さないと「技術的負債」が溜まって開発できなくなると指摘されていました。が、AIコーディングが主流となった今では、それが「理解の負債」といわれるようになった。つまり人間が理解しないままつくられたものが溜まってくると、それ以上の開発ができなくなるというわけです。これは深い問題です。AIはもっと賢くなるので、人間が理解しなくてもいいシステムをつくれるようになるでしょう。そのとき理解は必要なのか。必要だとしたら何のためか。転じて、人はAIエージェントを理解する必要があるのかと。
安野:これまでは理解と成果がカップリングしていて、理解度が高いほど成果を出せるといわれていました。しかし今AIによって理解と成果のデカップリングが起きています。よく考えてみると、人間は必ずしもいつも正しく世界を理解してモデル化しているわけではありません。陰謀論を信じる人も、「真実がわかった」という感覚はもっています。もともとそうした乖離も起きうるのに、AIで理解と成果の乖離がさらに広がりかねないときに、人にどこまで理解を求めるべきか。面白いテーマですよね。
松尾:人間同士のコミュニケーションで合意形成を目指すときには理解の感覚が必要でしょう。ただ、恐竜とネズミに例えると人間は恐竜のコミュニケーションで、とても遅い。その間をAI同士がネズミのようにちょこちょこ走り回って、人間が合意形成するためのお膳立てをする。組織における人間とAIの関係はそんな感じになるのかなと想像しています。


