定型業務を効率よくこなすAIの登場で、企業のコーポレート部門の意義が問われている。企業法務の観点から、組織人が取り組むべき「付加価値の高い仕事」を再考する。
「定型業務はAIに任せて、人間は付加価値が高い仕事に集中しよう」──ビジネスの現場で幾度となく耳にする言葉だ。だが、「付加価値の高い仕事とは、具体的にどのようなものか」という問いについては十分に議論されていない。
日本たばこ産業(以下、JT)の日本マーケット部長代理(法務担当)で、バックオフィス業務支援スタートアップのファースト・コンパスでフェローを務める稲村誠も、今まさに同じ課題意識をもっているという。「ビジネス界において、『付加価値』が一種のはやり言葉になりつつある。仕事の質を高めるためには、この言葉の解像度を上げる必要がある」。
背景には、AIの進化で法務の世界が変革を迫られているという現実がある。稲村が長年身を置く企業法務の現場では「契約書は法務担当者がレビューする」「法的知識は法務部に集中させる」といった考えが前提にあった。しかし「その前提がAIによって崩れ始めた」と稲村は指摘する。
2026年2月に米アンソロピックがローンチした「法務プラグイン」(Legal Plugin)と、その直後に起きた市場の動揺が、AIがもたらす衝撃の大きさを物語っている。定型的な契約書のレビューや標準的な法律相談への回答など、正解を探す性格の強い業務については、AIがスピードなどで人間を上回りつつある。「法務部門の存在意義を支えていた『専門知識の希少性』は急速に失われていく。経営陣や投資家から『法務部はなぜ必要なのか』を正面から問われることになるだろう」
仕事や組織を再設計する際に避けては通れない本質的な「問い」がある。冒頭でも述べた「付加価値とは何か」だ。「付加価値の高い業務に集中する」という主張には、答えていない「問い」が3つあると稲村は指摘する。
ひとつ目は「誰にとっての付加価値なのか」。稲村の答えはシンプルで、「企業で働く限り、社員が生み出す仕事の価値は企業価値の向上に帰着する」というものだ。
例えば、事業部から契約書のレビューを依頼されたとする。法務部門の社員は丁寧にコメントを付け、手厚くフォローする。依頼した担当者は満足する。だが、「会社全体として見た場合、事業部門の担当者に感謝されることが、必ずしも企業価値の向上や資本市場からの信頼に直結するとは限らない」と稲村は指摘する。
「誰にとっての付加価値なのか」が明らかになった先に待っているのが、「自社や組織にとって付加価値の高い業務とは何か」「付加価値の高い業務の優先順位をどう決めるのか」というふたつの問いだ。稲村は「あくまで個人的な見解だが」と前置きした上で、企業価値の向上に寄与することこそが仕事の付加価値であり、そのインパクトが大きい順に事務の優先順位を付けることを提案する。具体的には、各業務を「波及範囲」と「持続期間」の2軸で分析し、企業に与えるインパクトの大きさをとらえる考え方だ。



