産業革命以降の働き方からの「解放」
法務部門の業務に当てはめて考えてみよう。例えばグループ・ガバナンス・ポリシーの策定や重大な規制によるリスクの管理体制を設計する場合、その影響は全社に長期的に波及するためインパクトは「最高レベル」に位置付けられる。一方、主要な取引先との基本契約の構造を設計する場合、その影響は複数部門に中期的に及ぶと考えられるため、インパクトは「中レベル」。低額かつ単一の定型契約レビュー案件の場合は、インパクトは低めだ。
「何が『インパクト大』に位置付けられるかは企業の状況や業務内容によって異なるが、波及範囲と持続期間の2軸を用いると、経営戦略の視点で議論がしやすくなる」
このスキームが当てはまるのは法務部門のみにとどまらない。コンプライアンスやリスク管理部門、内部監査、経営企画といったコーポレート機能全般にも活用しうる。
稲村が勤めるJTの法務部門では、18年を起点にAIやリーガルテックの活用を推進してきた。法律相談用プラットフォームや法律図書のオンライン・サブスクリプションサービスなどを順次導入し、業務の効率化に取り組んでいる。23年7月からはJT独自の生成AIプラットフォーム「JT Group AI Concierge」を試験的に導入し、「テクノロジーで仕事を効率化する取り組みはだいぶ根付いている」という。
とはいえ、稲村は「現場の仕事が本格的に変わるのは、エージェンティックAIが普及し始めてからだろう」と分析する。ちまたでは「AIに仕事を奪われる」という不安が先行しがちだが、「AIの進化は若い人たちにとっても、ベテラン社員にとってもチャンスになりうる」と稲村は言い切る。「テクノロジーを活用すれば、若い人でも日々の業務を効率的にこなしながら、従来の仕事の枠を超えて新しい道を切り開くことが可能になる。一方、自社固有の知識や会社が置かれている文脈を正しく理解し、判断するという点ではベテラン社員に分がある。漠然とした不安を抱えて過ごすよりも、自分がどのような強みをもっているかを問うほうが、はるかに価値がある」
その先にあるのは「人間性の回復」だ。「手間がかかる割には充実感を得られない仕事をAIが代替してくれたとき、人間はやりがいを感じる仕事や自分を生かせる業務に注力できる。AIを使って効率よく利益を生み出せるようになれば、産業革命以降に広がった工場労働をモデルとした働き方や、現在の週5日・8時間働くという“常識”から解放される可能性がある」
テクノロジーの進化に社会のシステムが追いつくまでには時間がかかる。このタイムラグがある今こそチャンスだというのが稲村の考えだ。「もっと意味のある仕事や社会をつくりたいと考える人にとっては、面白い時代が到来した」。
稲村誠◎1999年、日本たばこ産業入社。2000年から同社法務部門に所属し、訴訟や規制対応、コーポレート・ガバナンスなどを担当。16年からたばこ事業部門の法務チーム責任者を務める。ファースト・コンパス合同会社フェロー、リーガルオペレーションズ研究所研究員。


