嫌悪は生得的な反応ではない この事実がもたらすヒント
発達心理学者を悩ませ続ける一つの謎がある。嫌悪がそれほど重要な生存メカニズムであるのなら、なぜ5歳頃まで現れないのか、という疑問だ。
乳幼児は、大人が極めて不快に感じるような物を含めて、ほとんど何でも口に入れてしまう。子どもが危険なものを飲み込むリスクが最も高い時期であるにもかかわらず、こうした発達の時間軸において、口腔の防御システムは著しく欠如している。
進化心理学者ジョシュア・ロットマンは、2014年に発表した研究において、このように嫌悪の感情が遅れて発達することは、嫌悪の「口腔起源」仮説(嫌悪は最初、有害物質を口から摂取することを避けるメカニズムとして進化したとする説)の要点に疑問を投げかけていると主張した。
ロットマンは、嫌悪の反応が十分に作用するようになるには、そこに到達するまでに、一定の抽象的推論や社会的認識といった「認知的な足場」が多く必要となることを示唆している。言い換えれば、嫌悪は部分的には、学習され、社会的に構築される反応なのだ。
これは、文化的に観察される事象とも合致する。嫌悪を示す表情や言語表現は、文化の違いを超えて、すぐにそれとわかるレベルで一貫している。しかし、嫌悪の引き金となる要因は非常にまちまちだ。中核的嫌悪を誘発する要因(腐敗物、排泄物、体液など)は、かなり普遍的であるものの、道徳的・対人的な嫌悪は、文化的背景によって大きく異なる。つまり、ハードウェアは共通だが、ソフトウェアは地域ごとにインストールされているのだ。
ここからわかるのは、嫌悪とは、純粋に生物学的なものではないし、純粋に文化的なものでもないということだ。それは、生物学的システムでありながら、文化的な情報を取り込んでいる。進化によって獲得されたメカニズムであると同時に、プログラム可能なインターフェースを備えているということだ。
人類の祖先は、病気の媒介者を確実に忌避する方法を必要とし、自然選択がそれをもたらした。しかし、その同じ回路はまた、人間の生涯を通じて、社会的情報、文化的規範、道徳的価値観を取り込むのに十分な柔軟性を示した。考えてみると、これは実に洗練された仕組みだ。消化管を守るために始まった単一の情動システムが、人間の社会生活における中心的な調節機能の一つへと拡大していったのだ。
したがって、次に嫌悪に身がすくんだ際には、ほんの少し立ち止まり、そこで起きていることの深遠さをかみしめてみるといいだろう。吐き気の奥底では、何百万年もの進化の歴史が、あなたの生命を守るために、その役割を果たしているのだ。


