重要なのは、これが単なる頭蓋骨の問題ではないことだ。未熟な赤ん坊を出産するということは、骨格のすべてが未熟であることを意味する。椎骨はまだ融合されておらず、手根骨は軟骨性のままで、大腿骨と脛骨の成長板は開いており、鎖骨は25年経たないと形成が完了しない状態で生まれてくる。
出産シミュレーションによると、現代のヒトと比べて脳が小さいアウストラロピテクスですら、産科的な制約をかなり受けていたことが明らかになった。彼らは進化の過程で、未熟な赤ん坊を出産せざるを得なくなった。つまり、二次的晩成性(secondarily altricial:本来は、自立性の高い状態で生まれる『早成性』の霊長類に属しているが、進化の過程で、未熟な状態で生まれるという特徴を獲得したこと)の種になったわけだ。
赤ん坊における「未完成の骨格」は、近年のヒト属によるイノベーションではなく、何百万年も前から続く話なのだ。
ヒトの妊娠期間の短さは、最大の競争的強みかもしれない
ヒト属が子どもを早く生む戦略を「二次的晩成性」というかたちで概念化したのは、動物学者のアドルフ・ポルトマンだ。その主張は大胆だ。厳密な発育理論に当てはめれば、ヒトがほかの類人猿に匹敵するくらい神経学的に成長した新生児を産むためには、妊娠期間が18カ月から21カ月ほど必要だというのだ。
この主張は、数字で裏付けられている。ヒトの新生児は、脳の重さが成人のおよそ30%の状態で生まれてくる。一方、チンパンジーの赤ん坊は約40%だ。ヒトの脳は、生後1年でサイズが2倍に成長する。そして、この爆発的な成長は、認知や言語、社会的学習を支える、白質線維束の髄鞘化(ずいしょうか)と連動している(この概念については後で説明する)。
さらなる制約となるのが、妊娠母体の代謝説だ。妊娠中は、成長する胎児にエネルギーを供給するために、エネルギー代謝が大幅に変化するが、母体の代謝は、妊娠40週あたりで、生物学的に超えられない上限に達する。それ以降は、胎児の脳が成長していく上で必要なエネルギーを、身体的に供給し続けることができなくなるのだ。
このように、骨盤の形状と、母体のエネルギー特性が相まって、骨格的・神経学的な設計として好ましいであろうタイミングよりも早く出産せざるを得なくなる。ヒトの新生児が不完全な状態で生まれてくるのは、その2つの力が歩み寄った結果なのだ。
2023年に『Nature Ecology & Evolution』に掲載された画期的な研究では、胎盤を持つ哺乳類140種の比較データをもとに、有胎盤哺乳類の中で、晩成性へと向かう進化速度が最も速かったのはヒトだったことが立証された。
同研究では、重要な事実も明らかになった。こうした特徴は、主に「出生後の脳の急成長」によってもたらされたという点だ。そして、ヒトの進化において、発達のタイミングが出生後にずれ込んだ神経イベントの中心は髄鞘化だ。髄鞘化とは、脂質に富んだ膜(髄鞘)が神経経路を覆うプロセスであり、認知の処理速度や、学習能力、行動の柔軟性を左右する現象だ。出生時のヒトの脳にはこの髄鞘がほとんどなく、その後、次第に髄鞘化が進んでいくことにより、高次な脳機能の発達が支えられる。


