歩みを貫く
スーはMITのモットーであるラテン語の「mens et manus(メンス・エト・マヌス)」に触れた。英語では「mind and hand」、つまり「知と手」である。
「学生だった頃、私はそれを単なるモットーだと思っていました」と彼女は語った。「今では、それこそがMITの特別さを的確に表していると思います。MITは、深く考えることを教えてくれます。しかし同時に、作ることも教えてくれます。アイデアを試すことを教えてくれます。最初の実験、あるいは5回目の実験でさえうまくいかない時にも、続けることを教えてくれます。そして時間がたつにつれて、かつては不可能に思えた問題でも、自分なら解決できると信じ始めるのです」。
困難のただ中へ
スーの祝辞でもう1つ重要だったのは、MITで得たその感覚を仕事の世界に持ち込むことについて語った部分である。仕事の世界では、個人の自信が試されることが多い。ストレスが大きく、競争の激しい環境の中で、新卒者が自分の進むべき道に迷う今日、そのことはまさに当てはまる。しかしスーが、外部の困難と、MIT卒業生が携えていく自信や知識とを対比して語るのを聞き、私は、良い教育がいかに本当の資産になり得るかを実感した。
「私はキャンパスを離れてからも長く、その感覚を持ち続けました」とスーは語った。「IBMに入社した時、私はまた一から始めることになりました。IBMには何十万人もの社員がいました。私は25歳で、これほど大きな会社で自分がどうやって違いを生み出せるのかと考えていました」。
そう述べたうえで、スーは、エンジニアリングやものづくりの仕事に深く関わる多くの人が思い至るであろう、もう1つの考えを示した。
「私はすぐにある重要なことを学びました。エンジニアリングは、あなたが何歳かなど気にしません。気にするのは、あなたのアイデアが機能するかどうかです」。
これは仕事の世界にとっても良い注意喚起である。かつて存在していた古いルールがあったとしても、今やその多くは時代遅れである。年齢は物差しではない。ある程度までは、コーディング能力も、ネットワークシステムに関する丸暗記の知識も、たとえば1980年代であれば専門職として強みになったあらゆる知見も、同じく決定的な物差しではない。私たちは現在、別の時代にいる。
だからこそ、学生たちはスーが粘り強さについて語ったことから何かを持ち帰れるのではないかと私は思った。
未来に立ち向かう
「私のメンターの1人が、決して忘れられないことを言ってくれました」とスーは述べた。「最も難しい問題に向かって走りなさい、と。当時の私は、その意味を十分には理解していませんでした。しかし時間がたつにつれ、これが私の受けた中で最高の助言だったと気づきました。難しい問題は、自分に何ができるのかを教えてくれます」。
ここではスー自身の言葉を多めに紹介したい。彼女は、キャリアの歩みと、AMDで目にした状況の背景を実にうまく説明していたと思うからである。まず、リスクを取るという考えがあった。
「AMDには大きな可能性がありましたが、会社は何年にもわたって厳しい時期を経験していました」と彼女は語った。「私のメンターの中には、その仕事を引き受けるのはリスクが高いと考える人もいました。しかし私にとって、これは夢の仕事でした。長年、そのために訓練を積んできた仕事でした。本当に重要な問題に、技術のまさに最前線で取り組む機会だったのです」。
ここでもまた、経験に基づいて築かれた自信と、画期的で重要な仕事をしたいという意欲が見て取れる。
スーは、AMDの中核的な取り組みと、それがどのように花開いたかを次のように説明した。
「私たちは、高性能コンピューティングこそが未来で最も重要な技術になるという長期的な賭けに出ました。才能あるチームに、大きく考える余地を与えました。その後の数年間で、私たちは世界で最も強力なコンピューターを実現するための技術を作り上げました」。
ここでも、スーは多くを語らない。賭けに出てそれが実を結ぶまでの、肝心なところだけを伝えている。あらゆる情報が人々の関心を奪い合う今の時代に、こうして要点だけで物語を語れることは、まさに1つの技量だといえる。


