「かまってちゃん」にはなるな
おひとりさまには、スタッフがグループ客よりも気にかけて声をかけてくれることがあります。カウンター席であればなおのことです。しかしこの好意を取り違え、「かまってちゃん」へと変貌しないよう気をつけてください。
陥りやすいのは、スタッフを独占しようとするタイプです。聞いてもいないのに食材や調理法の知識を披露する、スタッフの所作にいちいち口を挟む、作業が立て込んでいるにもかかわらず武勇伝を延々と語り続ける。本人は場に馴染んでいるつもりでも、周囲の目には「通ぶっているだけの薄っぺらい客」としか映りません。厨房のリズムを乱し、他のゲストへのサービスを妨げる独演会は、どれほど知識が豊富であっても百害あって一利なしです。
とりわけカウンター席は、シェフやソムリエとの距離が最も近い特等席です。自然と会話が生まれやすく、ともすれば心地よい主役感に浸ってしまいがちですが、その油断こそが禁物です。カウンター席での言動はすべて周囲のゲストの目と耳に届いている、いわば公共の電波で生放送されているくらいの緊張感を持って臨むのがちょうどよいでしょう。基本的には話しかけられるまで話しかけない。その一線を守るだけで、場の空気はずいぶんと変わります。なお、カウンターでの食事が「チーム戦」である理由については以前の記事に詳しく記しましたので、併せてご参照ください。
食後はさっさと帰りましょう。高級店は回転率を重視しないとはいえ、食事が終わったあとも席に留まり続けるのは考えものです。料理はすべて出尽くし、グラスやティーカップも空になった。そのタイミングがお暇の合図です。そこからスマートフォンを取り出してやたらと粘られても、お店側としてはどのように相手をしていいかわかりません。貴方の食事は完結したかもしれませんが、お店側には後片付けから翌日の準備まで、山積みの仕事が待っています。
孤食客は「影薄く」あれ
おひとりさまとして高級店に臨む際に求められることを振り返れば、実はこれまでの連載で繰り返し説いてきた、ごく当たり前のことばかりです。1人客を歓迎する店を選び、場の雰囲気に静かに溶け込み、スタッフの仕事を妨げない。独りだろうとグループだろうと、迷惑な振る舞いは迷惑。ただ、独りである分だけそれが悪目立ちし、「やはり1人客にはそれなりの理由がある」と強烈な印象を残してしまう。その非対称性を、まず冷静に受け入れることが出発点です。
逆に言えば、スマートな1人客というのは不思議なほど周囲の記憶に残らないものです。食事を終えて帰路につく頃、隣のテーブルの客から「え、そんな人、いたっけ?」と思われるくらい自然に溶け込んでいる。目立たないことが、この場における最上の褒め言葉です。
ここで、ひとつ救いのある話をしておきましょう。私の知人の料理人はこう言っていました。「おひとりさまは同伴者との会話に夢中になることなく、料理を常に最高の状態で食べてくれる。作り手として、一番気合の入るゲストです」と。孤食の客を「精神的に自立した、店のこだわりを最も深く理解してくれる上客」と捉える飲食店は決して少なくありません。さらにこう続ける方もいました。「おひとりさまは、そのままずっと1人で通い続けるわけではありません。やがて大切な人を連れてグループで予約を入れてくれる。いわば下見のお客様です」と。
貴方の隣でひっそりと食事を楽しむ影の薄い1人客。その人物は、実は筋金入りの食通かもしれませんよ。


