技術規制は米国に優位性をもたらすのか。それとも、アジアの次世代「テック・タイガー」を生み出しているだけなのか。
監査業界には古い冗談がある。2人のCEOの口論より危険なものがあるとすれば、それは「ビジネスパートナーでもある2人のCEOの口論」だという。今、その冗談が現実に展開されている。
2026年1月のダボス会議で、Anthropic(アンソロピック)のCEOダリオ・アモデイはブルームバーグのジョン・ミクルスウェイトに対し、エヌビディアのH200チップを中国に売ることは「北朝鮮に核兵器を売るようなものだ」と語った。エヌビディアとAnthropicは、そのわずか2カ月前に100億ドル(約1.59兆円。1ドル=159円換算)規模の提携を発表したばかりだった。5月中旬には、エヌビディアのジェンスン・フアンCEOがスタンフォード大学で反撃に出て、この例えを「愚か」「狂気の沙汰」と公然と批判した。
今や、現代で最も影響力の大きい経営者のうちの2人が、この10年で最重要ともいえる産業政策の論点をめぐり、互いの立場に対して「狂っている」「愚かだ」という言葉を公然と投げ合っている。では、どちらの主張がより筋が通っているのか。
両者とも、正しさを主張することに多大な経済的利害を抱えてはいるが、それでも本気の信念に基づいて論じていると仮定しよう。原子力競争の比喩はさておき、この状況に前例はない。答えは、2030年の世界のテクノロジー産業、ひいては世界のパワーバランスがどう見えるかを左右する。
アモデイの主張──12〜24カ月のリードを今のうちに固めよ
5月14日、Anthropicは「2028年:グローバルAIリーダーシップの2つのシナリオ」と題する政策提言書を公表した。これは、AIフロンティアにおける米国の優位を固めるためにワシントンに何をしてほしいのかについて、アモデイがこれまでに示した中で最も包括的な見解である。
Anthropicの見立てでは、フロンティアAIにとって最重要の投入要素はコンピュート(計算資源)である。米国および同盟国の企業──エヌビディア、AMD、TSMC、ASML、サムスン──は先端チップで圧倒的なリードを築いてきた。3政権にわたり継続されてきた米国の輸出規制は、そのリードを維持してきた。
中国の一部の研究機関が世界トップクラスのソフトウェア人材を擁していることは議論の余地がない。DeepSeekやQwenは確かに印象的だが、最先端チップへのアクセスが制約となっている。Anthropicの提言書は、規制対象チップが第三国経由で中国の研究機関に届いてきた密輸の抜け穴を米国が塞ぎ、半導体製造装置の規制を強化すれば、米国のAI企業は2028年までにフロンティアAI能力で「12〜24カ月のリード」を固定できると論じる。
アモデイがさまざまな場で繰り返す、より大きな枠組みは、彼が「データセンターの中の天才たちの国家」と呼ぶものだ。ノーベル賞受賞者を凌ぐ知性を持つ1億の頭脳が、単一の国家インフラの中で組織される──彼はそう描く。そして、どの国がそのインフラを最初に築くかが、今後数十年にわたり世界秩序を形づくるかもしれないと主張する。
約7兆円事業の裏にある、アンソロピック自身の経済的インセンティブ
Anthropicはまた、DeepSeekやQwenのような中国のオープンウェイト(重みが公開された)モデルが計算資源不足にとどまる世界から、商業的に明らかに利益を得ている。中国のモデルはトークン当たりの実行コストが劇的に安く、「フォーク」された環境で動かせる。つまり、利用者がコードベースをコピーし、そこから先は独立に開発を進められる。「フォーク」とは、安全対策のファイアウォールを取り外せることを意味し、また、独自情報がモデル開発者側へ還流しないことも意味する。
Anthropicは、規制産業にとっては「クローズドウェイト(重みが非公開)」で米国で訓練されたモデルの方が安全な選択肢だという前提のもとで、企業向け事業を築いてきた。その事業は、年換算売上高のランレートが440億ドル(約7兆円)に達したと報じられる。こうした経済的インセンティブがあるからといって、アモデイの主張が誤っているとは限らない。ただし、ボーイング幹部が航空機関税について述べる見解と同様に捉えるべきだということだ。



