「AIなし」が意味を持つ場所
もちろん、これはAI反対論ではない。そうではなく、すべての仕事が同じものではなく、すべてが最適化に適しているわけではないということだ。
重要な違いはここにある。あるタスクは成果物を生むために存在し、別のタスクはプロセスを築くために存在している。AIは前者において卓越しており、草案であれコードであれ、AIが生み出すものの多くは人間よりもはるかに速く生み出される。だが後者、つまり判断力を必要とし、人間関係を深め、創造性を磨く仕事はAIが排除しようとしている苦労そのものを要することが多い。
こうした境界線をどこに引くかはリーダーとチーム次第だ。答えはすぐには見つからないかもしれないし、時間とともに変わるかもしれない。私はこれを考えるために次のような質問を投げかけるようにしている。
・このタスクは苦労してやり抜くことで私たちが重視するスキルが身につくものだろうか
・この仕事にはAIが安定して提供できない倫理的な判断や微妙なニュアンスが必要だろうか
・クライアントや同僚、部下との大事な関係は人間味の恩恵を受けているだろうか
これは、私が会社の従業員を小規模な部門横断型のチームに分けている理由の1つでもある。全員が互いの専門性から学び合うだけでなく、毎日チームワーク力を鍛えている。異なる視点が議論され、仮定が検証され、全員で意思決定を行う。チーム環境においてAIは特定のタスクを楽なものにすることはできるが、一緒に働くことで培われる感情知能に取って代わることはできない。
最適化から守るべきもの
AIは極めて強力なツールだ。だが私たちの頭脳も同様だ。一見すると、モーニングページを書くことは非現実的で非効率的なプロセスに見えるかもしれない。それで構わない。モーニングページを書くことで思考が研ぎ澄まされ、創造性が増し、アイデアがより自分らしいものになることを私は知っている。また、自分の思考を外部に委ねていたら20年にわたってビジネスを成功させ続けることはできなかったことも分かっている。最適化から守るべきものもある。それは、AIにできないからではない。自分でやることにこそ意味があるからだ。


