「星の王子さま」に由来するタイトル
当初は「家族」をテーマにした物語に見えたこの作品は、「夫婦」そして最終的にはヒューマノイドそのものに対する在り方にまで言及されていく。SFというフイールドを舞台に、是枝監督は縦横無尽に多重的にテーマを織り込んでいく。その手際は見事で、監督の通り一遍ではない深い問題意識に裏打ちされている。是枝監督は語る。
「いままでの作品でも、大切な人の死からどう立ち直るかというグリーフワークをくり返し描いてきましたが、今回は亡くなった子どもがヒューマノイドとして現実的に夫婦のもとに戻ってきます。すると、過去の思い出に加えて、ヒューマノイドと一緒に未来をつくることができる、という捉え方もできるのです。その辺が面白いなと思いました」
是枝監督がオリジナル脚本の舞台として「遠くない未来…」というSF的設定を選んだのも、そして学習能力の高いAIを搭載した人型ロボットの物語を選択したのも、この「未来をつくる」という問題意識からではないだろうか。
「ただ、そういったSFの設定を借りつつ、作品の中心にあるのは、残された人たちが死者の存在を感じながらどう生きるかについてです。そしてヒューマノイドとの日々を経て、死者とどうお別れするか。それは本作でいえば、親がどうやって子離れするか、でもあると思います」
是枝監督は撮影を進めるうちにテーマも広がっていったのだという。
「初めは家族の物語として脚本を書き始めましたが、夫婦の物語として着地したのは、綾瀬はるかさんと大悟さんが魅力的だったからです。撮影しながら、少しずつ夫婦のシーンが増えていき、自分でも当初は考えていなかったところへ導かれていきました」
実は、この作品には「翔」以外にもヒューマノイドの子どもたちが登場する。「夫婦の物語」と是枝監督は述べてはいるが、最終的に物語が着地するのは意外な「場所」だ。
さらに興味深い問題提起も終盤の部分ではされている。そのあたりがカンヌ国際映画祭の審査員たちにはどんなふうに映ったのだろうか、気になるところだ。
ちなみにタイトルの「箱の中の羊」は、フランスの作家アントワーヌ・ド・サン=テグジュベリの「星の王子さま」に由来しており、この作品の重要なモチーフにもなっているという。
「目に見えない繋がりや目に見えないものの大切さを描きたい、ということが構想を練りながらわかってきて、ひさしぶりに『星の王子さま』を読み直しました。人間には本来、箱の中身に思いを巡らせる想像力があったはずなのに、いまやすっかり失われてしまった。そんな人間の退化を尻目に、おそらくAI は人間を取り残していくのでしょう、子どもが親離れするときと同じように」
SF的設定でもあり、これまでの是枝監督の作品にはなかったテイストも「箱の中の羊」には色濃く現れている。新境地と言ってもいいかもしれないが、「遠くない未来…」を暗示するラストシーンには深く考えさせられるものも感じた。
「今回の作品で、自分の視点は(作中の)中庭に植えられたレモンの木の上にあって、そこから物語を少し引いて見ているような感覚でした。自分の中からこんな話が出てくるのかと驚くくらい、寓話的で思索的な作品になったのではないかと、いまは感じています」


