かつて香港の国民的な娯楽だった麻雀が姿を消しつつある。調査によれば、香港の若者(18〜24歳)で週に一度でも麻雀を打つ人はわずか2%。若者たちが麻雀を敬遠してきた背景には、「煙たく、騒がしく、ギャンブルと結びついたおじさんの遊び」という根強いネガティブなイメージがあった。
しかし今、逆風の中で、香港の手彫り麻雀牌は世界中から「1年近く待っても手に入れたい」と切望されるほどの確固たる「ブランド」へと変身している。一つずつ丁寧に刻まれた麻雀牌が、1セット数十万円という価値を持つ現代アートとして、海外のコレクターや地元の若者を魅了しているのだ。
香港の街を歩けば、おしゃれなセレクトショップの棚には麻雀をモチーフにしたアイテムが並ぶ。香港で残り数人しかいない職人が作る麻雀デザインの手彫りアイテムが外国人観光客の間で飛ぶように売れている。かつての「古き良き伝統」は、今や香港で「クール」なアートに生まれ変わった。
この鮮やかなイメージチェンジの仕掛け人は、カルチャープレナーのカレン・アルバ氏だ。彼女は、父から受け継いだ伝統工芸をいかにして「世界が注目するアート」へと生まれ変わらせたのか。麻雀の魅力を世界へ浸透させ、グローバルな新トレンドへと押し上げた彼女の戦略に迫った。
商品は「11カ月待ち」!
取材をしたいと問い合わせをしたその日、カレン氏はオランダに飛び立つ直前だった。現地で開催される麻雀ワークショップのためだ。彼女のアートを購入する顧客はオランダにとどまらない。今や一大ブームとなっているアメリカをはじめ、イギリスや欧州、さらにはオーストラリア、シンガポール、マレーシア、UAE、インドにいたるまで、世界各地から手彫り麻雀への問い合わせが相次いでいる。
父であり、手彫り麻雀牌の巨匠であるリッキー・チャン氏が一人で全工程を手がける伝統的な麻雀牌(144個のフルセット)は、月に3〜4セットしか制作できないという限界がある。現在、寄せられる問い合わせの95%がこの手彫り一式の注文で、結果として現在は「11カ月待ち」の状況が続いている。ニューヨークのスタジオとも契約を結び、年に数回は海外で麻雀作りのワークショップを開催している。海外でのこういった活動が注目され、香港での麻雀の価値も高まっている。
カレン氏は、祖父、父の世代から麻雀牌を手彫りしてきた家庭で育った「麻雀一家」の3代目。3歳から麻雀に触れてきた一人っ子の彼女は、週末を工場で過ごし、朝から晩まで心を込めて牌を作りあげる家族たちの姿を間近で見続けてきた。
しかし2000年代に変化が起きる。安価な中国産の機械彫り牌が普及し、旅行やテレビゲームなど娯楽が多様化したことで麻雀人口は減少。家族経営の麻雀製造工場は次々と姿を消し、カレン氏の家も2009年に工場を閉鎖した。家族全員が職を失い、60年かけて築き上げてきた家業はあっという間に崩れ去った。
当時、イベント事業の会社でキャリアを築きながら、イラストレーターとしても活動していたカレン氏。「父たちが人生をかけて培ってきた麻雀を新しい形で生き返らせたい。自分が動かなければ麻雀文化は途絶える」と、まずは幼い頃の自身の記憶を基に、麻雀を題材にしたイラストを描くことから始めた。
本業のイベント運営では、多くのデザイナーや多彩なブランドと渡り合ってきた彼女。その経験から、「麻雀は、アートという新たな切り口で生まれ変わることができる」と確信を持ち始めていた。
大きな追い風となったのは2014年。香港政府が手彫り麻雀牌の技術を「無形文化遺産」に指定したことだ。そして2020年、職人技を未来へつなぐ彼らの試みが評価され、香港政府主導の芸術文化支援施設「JCCAC」の建物内に公式スタジオ『Karen Aruba Art』をオープンさせた。ここは、単に商品を販売する店舗ではない。弟子入りし修行を積まずとも、香港の若者たちが気軽に麻雀作りができる「継承の場」ともなっている。




