文化を守るためのビジネス哲学
香港で生活していると身にしみて感じるのが、物価の異常な高さだ。家賃は世界で一番高いと言われ、ごく普通のランチでも3000円を超える。物価の高騰を体感している筆者だからこそ気になるのは、どうやって香港で、コストのかかる手作りにこだわって活動を続けられているかという点だ。
熾烈なビジネス環境で、10年以上ブランドを維持してきた背景には「麻雀の職人技だけで一本立ちしようとしない」という、少し意外な視点があった。
海外からの顧客も増えるカレン氏のスタジオには、「うちの工場で量産しませんか?」という誘いが絶えない。世界中から届くオーダーを前に、「大量生産にしてしまえばすべての受注に対応できるのに」と心が揺れることはないだろうか?筆者の率直な質問に、彼女は「まったくない」と即答した。
カレン氏は、自身の活動を過度にビジネスとして語ることを好まない。彼女を突き動かすのは、目先の儲けではなく「香港の文化を守る」という信念だ。価格競争に巻き込まれれば、手彫り麻雀の価値が損なわれる。彼女はそれを何より警戒していた。
現在もイベント事業の本業を持ち、経済的に自立している彼女は、家族が守ってきた伝統工芸を未来へとつなげたいという想いから、麻雀アートに全力を注いでいる。 自身のプライベートな時間に行うことで、生活のために作品を安売りするプレッシャーから解放されているのだ。
世界へ広がる、香港の麻雀
香港から古い街並みやネオンが消え、伝統文化の先行きが不安視される中、麻雀は絶滅の危機を乗り越え、新たなアートとして息を吹き返している。
国境を越えて、そして次の世代へこの伝統をつなぐ。それを可能にしたのは、変化を拒むのではなく、現代のスタイルへしなやかに適応させる「柔軟さ」と、「変わらない価値」を見失わない姿勢かもしれない。
カレン氏の取材を終えた翌日、私は近所の初心者向けの麻雀レッスンの予約を入れていた。これまで「古くさいギャンブル」として自分とは無縁と思っていた麻雀への偏見は、父娘が彫り上げた牌の美しさとその歩みを知った後、跡形もなく消え去っていた。


