「あくびがうつる」現象の理由
さらに、「あくびがうつる」という現象もある。これは、あくびにまつわる現象の中でも、最も奇妙で人間的な側面と言えるだろう。誰かがあくびをしているのを見たり、聞いたり、あるいはあくびについて書かれているこの記事を読むだけでも、それをきっかけとしてあくびが起きる可能性は十分にある。
こうした現象は、人間では、健康な大人の6割以上に起きることが知られている。さらに、チンパンジーやボノボ、犬、狼、ライオン、さらに少なくとも1種のオウムでも、同様の現象が観察されている。
しかし、人間でも新生児の場合は、この現象は認められない。起きるのは、生後数年経ってからであり、「自発的なあくびのメカニズム」が確立される時期からかなり後のことだ。このように、発現に時間差がある上に、自分とは別の種のあくびを見た時にはめったに発生しないことから、あくびがうつる現象は、あくびそのものの発生とは別に、進化の系譜でも比較的新しい段階に起源を持つと考えられる。
『Frontiers in Neurology and Neuroscience』に掲載された研究論文では、あくびがうつる現象の生じやすさを、精神や自己認識、社会的認識と共感に関する脳の領域の活性化と結びつけている。統合失調症や自閉症など、他人との関係の推測が難しくなる症状を抱えている人では、あくびがうつる頻度は下がる。
同様に、ボノボを対象とした研究でも、あくびがうつる現象が最も強く現れるのは、お互いに付き合いがある個体のあいだであり、特に、きっかけとなるあくびをした個体がメスだった時に顕著だった。
こうした研究から浮かび上がるのは、社会的同調のメカニズムだ。社会性のある動物では、あくびがうつることで、群れの行動の状態を全体的に調整し、歩調を合わせて、活動状態から休息状態へ(あるいはその逆)の移行を行なうことが容易になる、と考えられる。
あくびを取り巻く学説のまとめ
考えてみれば、あくびとは、脊椎動物の歴史を貫く、最も長い糸の一つと言えるだろう。体の各部位が連携して、大きく口を開け、深く息を吸い込むという基本的な反射反応が、鳥類と哺乳類の共通の祖先から受け継がれ、何億年もの進化の中でも消えずに残り、金魚からチンパンジー、そして皆さんのような人間まで、実に多様な生物で認められる。これほど長く続いてきた行動は、本質的に重要な意味を持つことが多い。
あくびに関しては、いまだに決定的な説は確立していない。この研究分野は小さく、あくびをめぐる問題は非常に難しいので、問題の解明には知的な謙虚さが必要となる。しかし、あくびは脳の温度や覚醒をコントロールするのに役立つという説が、一致した考えとして確立しつつある。また、あくびがうつる現象については、社会的な認知に関して、何かの意味を反映しているとみられる。これらの説は、「酸素不足を補うため」というかつての説よりも、はるかに奥行きのある知見と言えるだろう。


