なぜなら、その人材が、前職で「良い苦労」をしてきたか、その苦労を通じて腕を磨き、人間を磨いてきたかは、「身のこなし」「言葉遣い」「所作動作」、そして何よりも、「顔」に出るからである。
それゆえ、筆者は、「面構え」とは恐ろしいほど正直な「履歴書」であると述べてきたが、実は、この「履歴書」の怖さを知らない人も多い。
だが、そう述べる筆者自身も、実は、若い時代には、「若い頃の苦労は、買ってでもせよ」という言葉に反発を感じ、「仕事を通じて己を磨く」という言葉の深い意味を理解できない人間であったが、永年、実社会を歩み、この言葉の重さを理解した。
その意味で、現代の若い世代の周りには「成長できない環境」が様々にあることを、気の毒に思う。
例えば、いま世の中には、「こうすれば、苦労をせず、短時間で、優れた能力を身につけることができる」といった書籍やウェブの情報が溢れているが、実は、こうした情報に惹かれてしまう自分の「安易な心」こそが、「敵は我に在り」、一流の職業人になるために誰もが体験すべき「苦労」を厭わせてしまい、成長の可能性を奪ってしまう。
また、職場を見渡せば、パワハラと思われることを厭い、部下に対して厳しいアドバイスをすることさえ避ける上司が増えている。しかし、この上司が本当に大切にしているのは、自身の立場であり、若い部下の将来ではない。そして、部下に厳しい基準を示さないことで、無意識に、仕事の基準を緩め、自身も楽になろうとしている上司も、少なくない。
だが、一方で、この「成長できない環境」に危機感を持つ賢明な若手世代も、決して少なくない。
最近のアンケート調査で、退職する若手社員に、その理由を問うたところ、「この職場では成長できないから」と答えた回答が上位になった。それは、若手世代の賢明さを象徴している事例であろう。
人生100年時代。若き日の「苦労」を避けてきた年配世代が壁に突き当たる現在の姿は、若手世代には、「反面教師」「他山の石」に他ならない。
田坂広志◎東京大学卒業。工学博士。米国バテル記念研究所研究員、日本総合研究所取締役を経て、現在、21世紀アカデメイア学長。多摩大学大学院名誉教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)専門家会議元メンバー。元内閣官房参与。全国から1万名を超える経営者が集う田坂塾・塾長。著書は『人類の未来を語る』 『教養を磨く』 など、国内・海外で150冊余。tasaka@hiroshitasaka.jp


