デジタル時代の到来を誰よりも早く予見し、ものづくりで成功してきたソニーの当時のあり方を変えようとひとり戦ったソニー元会長の出井伸之氏。氏が鬼籍に入って早4年が経った今年の4月、生前の出井氏へインタビューを重ねてきたノンフィクション作家の児玉博氏が『ソニー神話を壊した男 出井伸之が創った未来』(小学館)を上梓した。
この書を書き上げた今、出井氏との取材の日々をどう振り返り、何を思うのか。話を聞いた。

出井伸之がソニーの社長時代のことだ。そのスケジュール表には海外出張などの予定などがびっしりと書き込まれていた。それは少し遠くから眺めるとぼんやりと黒く見えるほどでもあった。
当時、出井の側近くで仕えていたある人物は、たまたま開かれていたそのスケジュール表を見るとはなしに、見てしまったという。
「強烈に驚いたのを覚えています」
その人物は一体、何に驚いたのか。
その分刻みに記されたスケジュールにももちろん驚いたのだが、それ以上に彼を驚かせたのはその会食相手、面談相手の多様さだったという。
「なにせ、おおよそ電機メーカーのトップが会うような人たちではなかった。電機メーカーの社長は、同じ業界のトップらと飯をするのがせいぜいでしょう? そんな時代に『こんな人たちと会っているのか』って本当に驚きました」
彼がたまたま目撃したその一週間だけでも出井は、音楽家、画家、そして学者との会食を予定していた。こんな異質の分野の人間と交わる製造業のトップなどいなかった...1995年、ソニー創業以来の初のサラリーマン社長となった出井は、
「DIGITAL DREAM KIDS」
「RE GENERATION」
という2つのスローガンを掲げてさっそうと登場した。
上席役員14名を飛び越えての社長就任に世間は喝采を送った。出井57歳、若い社長の誕生だった。
理科系出身の創業者世代が圧倒的なカリスマ性を発揮して発展してきたのがソニーだった。技術者が会社のヒエラルキーのトップに立ち、他社に先立ち「トランジスタラジオ」「トリニトロンテレビ」そして「ウォークマン」などを世に送り出し、若々しく、革命的な会社ソニーというブランドを確立してきた。その中にあって文系出身の出井は、明らかに異質な存在だった。
カリスマ経営の終焉、デジタル技術の登場、インターネットの勃興...などなどソニーを取り巻く環境は激変しようとしていた。その大きな時代変革の時にソニーの舵取りを任されたのが出井だった。



