出井が荒唐無稽な話をしている訳ではなかった。余り知られてはいないが、出井はG2とも呼ばれ米大統領ドナルド・トランプと世界を二分する権力者、中国の国家首席、習近平に連なる太いパイプを持っていた。
中国がWTO(世界貿易機関)に加盟する前年、北京大学と並び称される中国の最高学府の1つ清華大学は経済管理学院を設置し、その中に西側との窓口的な組織として「顧問委員会」を設立した。主導したのは元上海市長であり、首相も努めた朱鎔基。WTOに加盟し、いよいよ世界の表舞台に登場する中国では様々な国際的な軋轢が予想された。その際に表舞台と違う、言わば“バックチャンネル”としての窓口となるのが「顧問委員会」の存在だった。
朱鎔基が委員長にと白羽の矢を立てたのはゴールドマン・サックス社長、ヘンリー・ポールソンだった。後に財務長官となるポールソンは、中国側の要求もいれ、また中国を巨大な市場とみなす米国財界の意向も汲んで、米国の主要企業、主要金融機関のトップらを委員に任命した。その顔ぶれは「オール・アメリカン」のようでさえあった。そんな中、ポールソン、そして朱鎔基の希望でアジア人として唯一選ばれたのが当時、ソニー会長の出井だった。
以来、20年以上、「顧問委員会」は存続し、中国と主に米国とをつなぐ重要な役割を担い続けていた。筆者が出井の取材をしていた当時、委員長にはアップルのティム・クックが、そしてメンバーの1人にはテスラのイーロン・マスクも名前を連ねていた。会議はコロナ以降はオンライン会議が主になっていた。ある時など、会議を終えたばかりの上機嫌な出井に遭遇することもあった。
「なにかうれしいことでもあったのですか」こう聞くと出井は、顔をほころばせて、
「清華大学の会議が終わったんだけども、途中でね、習近平が(会議に)入ってきてね。いや、驚いたね…」
清華大学だけでなく、中国の成長企業が出井のデジタル体験、デジタルと製造業、ネットワークとエレクトロニクスとの融合を模索し続けた経験を高く評価し、出井の意見を求めた。出井は世界有数のPCメーカー「レノボ」や中国最大の検索エンジン「バイドゥ」(百度)のアドバイザーを務めてもいた。ライジングドラゴンは出井を高く評価しその知恵を求めた。


