文系出身、ビジネスマンとしてさしたる実績もなく、勲章も持たぬ出井だったが、大胆に経営の舵を切る。その象徴となったのが出井の次の言葉だった。
「インターネットで後れを取るとソニーは隕石で滅んだ恐竜と同じ運命を辿る」
これは出井が社長に就任する前年に当時ソニー社長、大賀典雄ら幹部らに送られた「建白書」に記されていた一文である。この「建白書」は、米副大統領アル・ゴアが発表した「情報スーパーハイウェイ構想」つまり、インターネット宣言を直に聴いていた出井が、この発表に衝撃を受け、認めたものだった。この「建白書」には、ネットワークを牛耳った巨大企業の出現。通信インフラを使ったビジネス統合者の登場。そして、メディアが一方通行から双方向となるパーソナルメディアの発展。こうした内容が盛り込まれていた。
そう、まさに今、我々が目撃している「グーグル」「アマゾン」「メタ」の登場を予言しているのだ。
また、携帯電話の数だけメデイアが存在する現在、30年以上も前にそれを予言した出井の恐るべき慧眼に頭を垂れるしかない。
こうした出井の未来予想図から導き出されたのが、「インターネットで後れを取るとソニーは滅びる」というものだった。
また出井は、「製造業神話」に縛られているこの国にあって、また前例主義が蔓延るこの国にあって、こうも付け加えソニーの未来に警鐘を鳴らした。
「今、ネットワークを押さえなければ、将来、ネットワークを押さえた会社にソニーは部品だけを納める会社に成り下がる」。
出井の予言は、残念ながら的中する。出井の友人でもあったスティーブ・ジョブズが「iPhone」を携えて登場した時、低迷していたソニーはアップルに部品を提供する会社の1つに甘んじねばならなかった。
出井はエンターテインメントを経営の柱の1つ据えた。エレクトロニクス全盛の時代、コンテンツ事業の可能性を信じ、それに未来を託した。インターネット、ネットワークとエレクトロニクスの融合を模索し続けた出井は、いまや「映画」「ゲーム」「音楽」といったエンターテインメント事業が売上の60%以上を占めるソニーの原型を作り上げた経営者でもあった。
そして思うのだ。なぜ出井伸之にはかくも未来が見えていたのか、と。
その一端がわかるのが冒頭のシーンだ。出井は冒険者だった。冒険者がそうするように出井は、その先に何があるかわからないけれども、そのわからないものを探そうとする冒険者だった。だから、未知のもの、自分が知らない知識、体験を持っている者への尊敬の念は尋常ではなかった。また出井のそれは特出すべき資質なのだが、そうした相手が誰であろうが、出井は自ら膝を折り、耳を寄せては相手の言葉に耳を傾けた。相手が高校生だろうが、首相であろうが出井の視線に変わることはなかった。むしろ、人に対し平等であらんとしたことを出井は自らに厳しく課していた。


