メガバンクですでに始まっていた「調達失敗なら会社売却」という合意
──企業価値担保権は、中堅・中小企業よりスタートアップに向いているとおっしゃっていますが、それはなぜですか?
大櫃:企業価値担保権は、企業の成長フェーズによって意味合いや役割が異なります。結論から言うと、「会社の事業全体を担保に入れる」という合意が取りやすいスタートアップの方が、圧倒的に活用のハードルが低く、向いているからです。
中堅企業には個別に担保設定できる資産が既にあります。売掛金、知財、在庫など必要な部分を個別に担保として入れればいい。だから「全部渡さなくていい」となりやすい。一方、スタートアップには渡せるものが何もない。「どうぞ全部」と言えるから、むしろやりやすいんです。
某メガバンクでも実質的に近いことを既にやっています。スタートアップがどこかの会社を買収するロールアップの際に、ほぼフルデットで融資をつける。その代わりに「次のラウンドで調達できなければ、会社ごと売ってください」という合意を取り付ける。経営者側もギブアップなら売っていいというコンセンサスが取りやすいんです。これは企業価値担保権と本質的に同じことだと思っています。制度として整備される前から、現場はすでにその考え方で動いているわけで、活用のハードルはスタートアップ企業の方がずっと低いのではないかと見ています。
──制度の実効性を高めるためには、何が必要だと考えますか?
大櫃:参考になるのがアメリカの担保法制です。動産、売掛金、知財、契約上の権利、将来取得財産まで、あらゆる資産を一体的に担保化できる制度で、しかも対抗要件が極めてシンプルで、1つのファイリングをするだけで登録が完了し、先に登録した人が優先されます。予見可能性が高く、執行も柔軟です。
日本がこの制度に近づくために一番大事なのは、担保実行のオペレーションの現実性だと思っています。スタートアップの企業価値担保権を実行しようとなった時、結論から言えば会社を売却するしかない。その時に、裁判所の民事再生手続きを通さずに担保権を実行できるかどうか。そこが現実的に回るなら、この制度はかなりワークします。
もちろん、すぐに完璧にはならない。かつて売掛金担保や入居保証金担保が普及していく過程でも、登記が必要か否かといった議論を乗り越えながら、少しずつ使いやすくなっていきました。企業価値担保権も同じで、オペレーションの実効性を上げるための法改正は合わせて必要になってくる。ただ、現場が使いながら馴染んでいく過程を経て、いずれ定着していくと思っています。


