「わからなさ」を抱える力は、なぜ今、組織と個人に必要か。金融グループAI推進トップと若き哲学者がその深層を語り合った。
AIが瞬時に「最適解」を示す時代に、人間に求められる能力は何か──。哲学者・谷川嘉浩氏は、『増補 ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』で、迅速な判断や問題解決につながる「ポジティブ・ケイパビリティ」以上に、疑問や謎を進んで受け入れる「ネガティブ・ケイパビリティ」の意義を打ち出した。わからなさを抱えながらも生きることの重要性と、そのための手がかりを提示した。この主張に、ビジネス分野での実践的価値を見いだしたのが、三井住友フィナンシャルグループでAI推進・新規事業開発を統括する磯和啓雄執行役専務グループCDIO(Chief Digital Innovation Officer)だ。一見対照的な立場に身を置きながら、「AIが浸透した先に組織と個人の基盤はどう書き換わるのか」という問題意識が共通する。ふたりの対話から、未来の輪郭が「6つのキーワード」とともに浮かび上がってくる。
磯和啓雄(以下、磯和):SMBCでは、AI推進とともに新規事業の創出に力を入れていますが、新商品がヒットするかどうかはタイミングに左右されます。でも急にはつくれないので、いろんなものの準備を積み重ね、グッと我慢する期間があって、世の中の機運が盛り上がったときにリリースすることが大事なんです。これは1個じゃ絶対に当たらない。技術の進展が早く、過去の常識が通用しない時代には、ネタをたくさん仕込んで、タイミング良くポッと出せることが本当の強さだと思います。このじっくりと耐えながら待つ期間こそが「ネガティブ・ケイパビリティ」だと確信しました。
谷川嘉浩(以下、谷川):状況ごとにネガティブ・ケイパビリティのあり方は変わって然るべきなので、磯和さんなりのあり方を見つけたのはすばらしいことだと思います。脈絡なく新しいことやっているように見えたり、既存の習慣に反して見えたりすると、周囲も乗れないし、反発するということはありますよね。
磯和:そうなんです。ネガティブ・ケイパビリティを実践した好事例があります。2025年5月にSMBCがリリースした法人向け総合金融サービス「Trunk(トランク)」の商品化までの過程はその一例です。その前段として個人のリテールの話があって、QR決済サービスPayPayは18年にリリースされました。それまで日本は現金信仰が高く、「キャッシュレス化は実現しない」といわれていましたが、英国の動向などをつぶさに分析した結果、僕は不可逆的な流れだと思ったんです。
法人分野でも「必ずキャッシュレス時代が到来する」と読めたので、19年夏にごく少数の仲間と検討を始めました。突然大きく動くと社内理解を得られない可能性もあるので、まずは自分の業務範囲から進めました。例えば小さなコールセンターをつくってみたり、口座開設を改善したりと、新サービス実現に向けたパーツを地道に揃えるなど、数年間、構想を成熟させていきました。そして23年夏、「金利ある世界」の戦略をテーマとした経営会議の場で「一気に面を取って預金を取りたい」とプレゼンし、そこから2年間でリリースにこぎ着けました。
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ネガティブ・ケイパビリティ|19世紀の英国詩人ジョン・キーツが提唱した概念で、答えや結論を性急に求めず、不確かさや疑問のなかに留まり続ける力。長らく文学・哲学の領域で継承されてきたが、日本でも作家で精神科医の帚木蓬生の著書『ネガティブ・ケイパビリティ』(2017年)を機に広く知られるようになった。生成AIの台頭で再び注目が高まっている。



