キャリア・教育

2026.05.29 13:30

AI時代に生き残る能力はネガティブ・ケイパビリティ。SMBCのAI推進トップと哲学者が語る6つのキーワード

磯和啓雄(写真左)谷川嘉浩(同右)

谷川:レイヤー化された自己は、哲学とか認知科学だと2方面の議論があります。ひとつは「拡張された心」。自分の計算能力みたいなものを、例えば紙とペンがあれば、私たちは6桁7桁の足し算やかけ算をできるわけじゃないですか。紙とペンを使って計算できるなら、その計算能力は本人だけでなく、紙とペンにも帰属している。つまり、自分の能力や思考は、環境にまで拡張してとらえたほかがいいというのが「拡張された心」の発想です。

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もうひとつは、「分散認知」。「拡張された心」と発想は似ていて、頭のなかで完結しません。私たちは、共同体のほかの人や物などにある知識や認知も利用している。つまり、知識は頭の外側にも分散している。ここでの会話が磯和さんの記憶に残ったら、私の判断や知識を預けたことになりますよね。

磯和:分身が心に入ったんだ。

谷川:磯和さんに私の知識が入ったから、今度お会いしたときの会話のきっかけは互いに顔を見れば思い出せますよね。よく使われるのは、バーテンダーはカクテルをつくるとき、グラスの形や液体の色を手がかりに行動しているという例で、バーテンダーの知識や行動は自己完結していなくて、環境に導かれている。「分散認知」も「拡張した心」も、どちらも自己完結を否定する点では一緒で、AIとの関係や組織のケイパビリティをどう構築するかを考えるうえで示唆的だと思います。

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次のキーワードは「研究」。研究は実装や出口など想定せずに、ただ単に知りたいことを知ろうとすることです。遊びと同じで、活動の外側に目的を置かず、必ずしも効率が優先されないのが重要なポイントです。通常業務に必要とされるような合目的的な部分だけでできた組織は変化に弱いし、研究的な部分がなくなると、個人であれ組織であれ活力を失っていく気がします。

磯和:研究は、すぐに答えを出さないための大切な遊びだと思っています。成果を急がず問いを転がしておくことが、結果的に大きな価値を連れてくる。

谷川:磯和さんは「エモーショナル・レゾナンス」を挙げていましたが、私は人間同士のレゾナンスについては悲観的なんです。例えば、SNSでのやりとりを見ると人間同士の豊かな対話が成立しているようには見えません。むしろ、間にAIが入ったほうが互いに余計なことを言わないので、フリクション自体は減ると思うんです。これは皮肉込みで言っているんですが。

磯和:ただ、実際に対面すると、言葉を交わさなくても、「この人とは気が合うな」という感覚は確実にあるはずです。人間が持つある種の能力は、実は会話の中身だけではないのかもしれません。「この人、面白いな」と感じさせる、理屈を超えた何かの光線が出ているのか知りませんけど(笑)。

KEYWORD 03
拡張された心|「自分」の境界線を頭の内側だけに限定せず、使う道具や、周囲の他者、環境まで連続的にとらえる見方。環境との相互作用そのものを自分の一部として解釈する。

研究|「何のため」という効率や目的(KPI)を一度脇に置き、ただ純粋に「知りたいから知る」こと。新規事業の種や個人の生きがいは、こうした損得抜きの「研究的態度」からこそ生まれる。

倫理|「何が正解か」という固定されたルールではなく、「自分たちは何を目指し、何に加担したくないか」という指針や価値のこと。AIが最適解らしきものを提示する時代だからこそ、人間が「譲れない何か」をもち続けることが、組織と個人の誇りになる。

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文=倉田憲多 写真=若原瑞昌

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