2026.05.25 12:30

米ドライブ文化の象徴「ルート66」が開通100周年、“大陸の大動脈”の栄枯盛衰を辿る

米大陸を横断する旧国道66号線「ルート66」の地図(PeterHermesFurian/Getty Images)

米大陸を横断する旧国道66号線「ルート66」の地図(PeterHermesFurian/Getty Images)

米大陸を横断する大動脈として西部発展の礎となった、米国で最も有名な道路「ルート66」(旧国道66号線)。中西部イリノイ州シカゴから西海岸のカリフォルニア州サンタモニカまでを結ぶ全長およそ3800kmの街道は、2026年11月に開通100周年を迎える。もはや主要な幹線道路でも、かつてのようなレジャー客に人気のドライブルートでもないが、在りし日の米国を偲ぶ文化的・歴史的な旅路として多くの人々の心の中に今なお生き続けている。

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ルート66の栄枯盛衰は、この道を走った数多の米国人のみならず、街道沿いの町々にも消えない痕跡を刻んだ。当初もたらされた恩恵の多くは、最終的に奪い去られ、観光に依存する経済の脆さを浮き彫りにした。

今年、ルート66は各種記念イベント、映画、キャラバン隊ツアーなどで100周年を祝う。この街道がどのようにして誕生し、何を後世に残し、現在はどうなっているのか、その軌跡を辿ってみよう。

ルート66の誕生

ルート66は1926年、米国に番号付き幹線道路網が初めて導入された際に、そのうちの1本として整備された。既存の道路をつないで、シカゴを起点にサンタモニカまで約3800km続く長い回廊としたのだ。

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「米国のメインストリート(Main Street of America)」というキャッチフレーズは、国内を横断する幹線道路のストレートな説明であると同時に、楽しい旅の行き来をうたう宣伝文句でもあった。

米国人はこれに応えた。ルート66は移住、商業、観光の主要な経路となった。1930年代には中西部で相次いだ大規模な砂嵐に伴う風食災害「ダストボウル」で被災した人々を西の新天地へと運び、第2次世界大戦後はロードトリップに代表される米国の自動車文化を形づくるのに一役買った。

米ニューメキシコ州トゥカムカリにあるブルー・スワロー・モーテル。正面にヴィンテージカーが停められた歴史あるこの建物は、州の文化財に登録されている。2016年5月13日撮影(Nick Fox - stock.adobe.com)
米ニューメキシコ州トゥカムカリにあるブルー・スワロー・モーテル。正面にヴィンテージカーが停められた歴史あるこの建物は、州の文化財に登録されている。2016年5月13日撮影(Nick Fox - stock.adobe.com)
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翻訳・編集=荻原藤緒

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