より厳格な評価方法へ
「名誉制度は素晴らしい考えであり、素晴らしい理想でもある」とキジルセックは言う。だが彼は、相対評価や一発勝負の結果が重視される高等教育の環境では、AIが既存の競争圧力を強め、不正利用の誘惑を増幅させたと主張する。「何かの手段・道具を使えば優位に立てて、しかもそれが見つかる確率が低いのならば、得られるインセンティブが学生をそのような行動(不正利用)へ向かわせるのは驚くことではない」と彼は述べる。
実際、ハーバード大学の学生新聞「The Harvard Crimson」が約300人の学生を調査したところ、教員が不適切とみなす可能性のある形で授業課題にAIを常用していると4割超が認めた。
すでに一部の大学は、より厳格に管理された試験環境を復活させることで事態に対応している。高等教育全体で、教員は手書きエッセイや教室内での試験、思考プロセスををリアルタイムで説明させる口頭試験などを採用するケースが増えている。
ただしキジルセックは、いわゆる米国伝統の試験用ノート「blue book」を使うような紙とペンの試験を万能策として扱うことには慎重だ。従来型の試験では、判断力、協働能力、そしてキャリアを通じて使う可能性が高いAIツールを効果的に活用する力など、より広い職業的スキルを捉えきれない可能性が高いからだ。
この緊張関係は、コンピュータサイエンスのような分野で特に顕著だ。コロンビア大学では、洗練された最終成果物だけを評価するのではなく、AI支援の成果物を「説明し」「批評し」「改善できるかどうか」に、より重点を置く教員もいる。
「大学で学生を評価する方法を変えなければならない根拠は、あまりにも明白だ」とキジルセックは言う。「課題の内容を深く理解しないまま、単位を取得できてしまうという話がいくつもある」
保護者と学生が注目すべきこと
大学選びをする家庭にとって、浮上するAI論争の焦点は、ChatGPTなどの生成AIを禁止するかどうかよりも、学生評価をAI時代に適応させる一貫した戦略を学校が持っているかどうかへ移りつつある。
大きな課題の1つは「多くの学生が、どのようなAI利用が許容されるのかを依然として明確に理解できていない点だ」とキジルセックは言う。前述のものとは別のプロジェクトで、彼の研究室は講義シラバスを分析し、多くの方針が曖昧な両極に振れていることを突き止めた。AIを「好きに使ってよい」か「一切使うな」かで、その間の指針がほとんどないというのだ。
Scienceの今回の報告は、AIが学生を適切に支援できる領域(ブレインストーミング、編集、コーディング、フィードバックなど)と、専門分野の中核となる思考を置き換えてしまうことで一線を越える領域とを区別し、授業ごとに明確な指針を示す必要がある、と主張している。
また同研究は、FD(教員の授業改善・指導力向上のための研修)を大幅に拡充すべきだとも提言する。学生が急速に技術を取り入れている一方で、多くの教員はAIの能力と限界について自ら学んでいる途上にある。「どの大学にも教員向けのワークショップはあるが、そうした取り組みは拡大しなければならない」とキジルセックは言う。
「AIを使ってタスクを完了する方法は数多くあり、その中には学習プロセスを強力に支えるものもある」とキジルセックは語る。「一方で、学習を損なう形で主体性を手放してしまうものもある」
大学にとっての今後の課題は、学生にAI使用を禁じることというより、学生が実際に何を理解しているのかを確実に測定できる評価方法を再設計することにあるかもしれない。


