経済・社会

2026.05.31 14:15

「丹心」は「感動」に通ず 「ミスター百貨店」大西 洋が語る伊勢丹イズム

接客とは感性である

「私は人が好きなんです。そして人の心の動きというものに興味があるんです。相手の立場に立った考え方が本当にできるかどうか。人の心を見ることはできませんから、接客する側はお客さまの考えを想像することしか出来ない。しかし、これがまた接客の面白いところで、醍醐味ともいえます。結局のところ、接客とは感性によるものではないでしょうか」

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私は運ばれてきたアイスコーヒーを口にする。

そして大西氏はこう続けた。「例えば先ほどのウェイターは、素晴らしかったと思いますよ」。

オーダーする際に大西氏からメニューについてちょっとした質問があったが、確かにスムーズで自然なやりとりがなされていた──。

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「私は初めてのレストランに行くと、料理よりも、どちらかというと接客や店内の様子に目がいきます。いかにお客様に喜んでいただけるサービスが提供されているか、あるいは心地よいと思ってもらえる環境が整えられているか、そういったことが気になります。お客様を歓迎するサービスと快適な環境、まずはこれらが整えられていることが大切です」

私はこの言葉にはっとする。なぜなら伊勢丹百貨店の創業者、二代小菅丹治の口癖と重なるものがあったからだ。

“ひやかしのお客様を大事にしなくてはいけない。あの人たちは、すでに、伊勢丹へ足をふみ入れている。いい品があり、サービスが行きとどいていれば、明日のお得意様だ。いわば、常連様の予備軍なんだ。だから、かりそめにもいやな顔など見せてはいけない”

大西洋氏。三越伊勢丹ホールディングス、羽田未来総合研究所の社長などを歴任
大西洋氏。三越伊勢丹ホールディングス、羽田未来総合研究所の社長などを歴任

非エリートとオグリキャップ

「バブルの頃に活躍したオグリキャップという馬をご存じですか? オグリキャップはもともと地方競馬出身で、中央競馬所属のエリート馬ではありません。そんな地方出身のオグリキャップが、やがて歴史に名を刻むほどの活躍を中央でしていく。そういったドラマに私は胸を打たれます。私自身が歩んできた環境に多少似ているところがあるからかもしれませんが」

そしてこうも大西氏は続ける。

「伊勢丹も百貨店としては後発です。1933年に新宿という地に百貨店として移転開業したのは、日本橋や銀座、渋谷など他の有力エリアは既に他社に押さえられていたという事情がありました。そこで次世代の都心として期待されていた新宿という地を選んだのです」

ゲラで読んだ伊勢丹の歴史を思い浮かべながら、私は頷く。

「しかし、既に新宿にもほてい屋というデパートが存在していました(後に伊勢丹が買収)。だから伊勢丹が生き残るためには、必然的に他の百貨店と差別化しなければならなかった。新天地新宿で同業者と同じことをやったとしても、お客さまにはいらしてもらえませんから。こういった外的環境も、伊勢丹独自のスピリットを生み出した要因のひとつかもしれません」

1936年の伊勢丹新宿店。1933年に開店した伊勢丹新宿店は、1936年に隣接するほてい屋を買収・合併し、大幅な増築を行った。写真:『丹心 商いの夢を紡ぐ 伊勢丹二代小菅丹治の経営哲学』国書刊行会
1936年の伊勢丹新宿店。1933年に開店した伊勢丹新宿店は、1936年に隣接するほてい屋を買収・合併し、大幅な増築を行った。写真:『丹心 商いの夢を紡ぐ 伊勢丹二代小菅丹治の経営哲学』国書刊行会
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文・写真=長井究衡 編集協力=久世和彦

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